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滅ぼされし者はよみがえる

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藤原氏に祭祀の役職を奪われた

物部氏は

朝廷に仕える立場をとりました。


よって、


物部氏の始祖ニギハヤヒは


元々の天照大神の役職を奪われ、


新しい天照大神を女神に変えて


ニニギの兄となりました。


つまり系図上は

アマテラスの子孫に

組み込まれたのです。


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石切神社(筆者撮影)


しかし本当は

スサノオの息子なのです。

物部氏は出雲系であることは

地元の人なら誰でも知っていました。


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石切神社(筆者撮影)


石切さんには

雄牛の親子像があります。

これは

牛頭天王=スサノオ命=出雲系を

示唆しています。


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石切参道(筆者撮影)


子供の頃は、

参道沿いに辻占い師さんが

たくさん並んでいました。

通勤帰りの方は

よく占ってもらっていました。

石切さんは

おおらかで気さくなのです。


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石切参道(筆者撮影)



ようこそと

おもてなしする

石切さん

でんぼの神さん

出雲の神様


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石切神社(筆者撮影)


神武天皇に国を譲った

ニギハヤヒ命は

名前を書き換えられてしまいました。

いずれの国も先王の存在とともに、

過去の歴史は消される運命なのです。

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石切参道(筆者撮影)


いちばんを

譲った神様

石切さん

ここは二番で

大仏三番


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石切参道(筆者撮影)

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石切大仏(筆者撮影)



わたしが生まれる前から

両親がよく食べに来た明石焼き。


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たこつぼさん(筆者撮影)


創業何十年になるのかな。

参道の小児科に行った帰りに

食べさせてもらうのが楽しみでした。

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たこつぼさん


おつゆが二杯分いただけて、

三つ葉と生姜のトッピングが楽しめます。

とってもおいしいです。

また行こ。


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中河内案内図(筆者撮影)


石切は

史跡がたくさん

古い土地

遊びにおいで

坂キツイけど

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石切神社(筆者撮影)


わたしにとって

石切神社は遊び場所でした。

この池に入って

ザリガニを釣っていたのです。

本当は神域に入ることはもちろん、

神社の生き物や草や石ひとつ

持ち帰ってはならないのです。

神様ごめんなさい。


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石切神社(筆者撮影)



神様の

読めない名前

覚えてた

読めないからこそ

覚えてた


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石切神社(筆者撮影)


この池の女神様は

ニギハヤヒ命の妻神様です。

天照大神の和魂(にぎみたま)が

ニギハヤヒ

天照大神の荒魂(あらみたま)が

瀬織津姫


瀬織津姫は縄文の女神です。

大和朝廷に消された女神様。


神名を書き換えられたり

鬼や姥の姿にされて恐れさせて

人々の記憶から消されたのです。

瀬織津姫は水の女神様。

人間の穢れを祓う神様。

穢れた人間界を

津波や大洪水を起こして

浄化するはたらきがあるために

封じられたのです。



エゴの文明を体験するために。


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生駒山上より大阪平野を望む(筆者撮影)



海の水

消えて世界が

つくられた

一万年の

記憶を消して


この記事を書いている最中、

テレビで元伊勢の特集をしていました。

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「所さんの学校では教えてくれないそこんところ」より


すぐさま画面を撮影しました。

元伊勢はもともとの天照大神の

ニギハヤヒと瀬織津姫が祀られています。

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学校では教えてくれなかったことが

表にではじめた。


封じられた神々はよみがえる。




今回も最後までお目通しいただきありがとうございました。

日本人の目覚ましのために書いています。

更新を通知する

お気に入りに入れてね!(^o^)/



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by new-jomon | 2020-02-14 22:19 | 世界の作り方 | Comments(0)

饒速日命は太陽の神様。

饒速日命は太陽の神様。_b0409627_01224534.jpg

元旦は家でゆっくり過ごそうと思っていたわたし。

ところがお昼を過ぎてから、突如


夫「奈良に行こか」

二男「おおみわ神社がいい」

長男「ああ、あそこね(同意)」

わたし「今から?車はきっとすごい行列やし

日没まで間に合うかどうか」


正月はひきこもりたいわたしに対して

男三人は外に出たいモード満載でして、

夫の運転で出発することになりました。


それにしても

いつもは神社に興味のない子どもが

大神神社と言い出すとは意外です。

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大神神社(筆者撮影)


結局駐車場待ちに二時間近くかかり、

到着したころには夕方になっていました。

思えばここへはじめてご参拝したのが二年前。

それまではいつも通過するだけでした。

そのときのわたしは

まだご参拝する時期ではないと思っていたんです。

ところが神々様の和合の御神事に

立ち会わせていただくことになって、

大神神社の御神水をいただいたんです。

それをきっかけに

ご参拝させていただいたのが

二年前のことでした。

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大神神社(筆者撮影)


大神神社は大和国の一之宮です。

元旦は予想通り

大勢の参拝客でひしめき合っていました。

きっとどこの一之宮も同じだったと思います。



夫「家族だけで元旦に初詣したの、はじめてやな」

わたし「そういえば、そうかも」



それにしても、

家族初の初詣が大神神社だとは

感慨深いものがあります。

まずは参道にある祓戸神社で

手を合わせて参りました。

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大神神社(筆者撮影)


手水舎はここの周囲に増設されていて

直接手を洗えるようになっていました。

ここの神様はヘビさんなのです。

御祭神は大物主。

日本最古の神社とされており、

饒速日命の名を隠して祀っています。

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大神神社(筆者撮影)


鳥居をくぐるのも

まるでテーマパークに来たかのように

入場制限されていました。

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大神神社(筆者撮影)


しめ縄をくぐってみると・・・。

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大神神社(筆者撮影)

このような人だかりが。

ここからもずいぶん並んで待ちました。

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大神神社(筆者撮影)


ふり返ってみましたら、

ちょうど鳥居の真ん中に太陽が。


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大神神社(筆者撮影)


ありがとうございます。


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大神神社(筆者撮影)


願い事で埋め尽くされていました。

みんなの願いが叶うといいですね。

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大神神社(筆者撮影)


御神体山へはここから登拝します。

去年長男と登拝させていただきました。

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大神神社(筆者撮影)


御神水はここから湧き出ています。

家族でいただきました。


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大神神社(筆者撮影)

弁財天さんがお祀りされている池です。

瀬織津姫さんです。

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大神神社(筆者撮影)


三輪山です。


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神社には表と裏があって、

表は大勢の方がご参拝する窓口。

裏はご祭神を隠して祀っています。

ほとんど参拝客が来ないところです。

裏が本当なんですよ。

わたしはいつも裏へのご参拝を

いちばん大事にしています。

大きな神社はたいてい裏があります。


「神様に呼ばれる」とよくいいますが、

静かにご交流させていただくことを

許していただければ

ここだと分かられると思います。

パワースポットのように

注目されないひっそりしたところです。

ただし

裏は欲望で穢してはなりませんので

謙虚さを忘れないことが大事ですよ(^o^)



今回も最後までお読みいただきありがとうございます。

奇魂幸魂は饒速日命です。

更新を通知する


今年もよろしく(^o^)/


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by new-jomon | 2020-01-03 02:57 | 神々の世界を蘇らせる | Comments(0)

仁徳天皇の皇居へ。


仁徳天皇の皇居へ。_b0409627_10134921.jpg

やっと高津宮へのご参拝が

許されたんやな~。と、

前回記事アップ後、

感慨深く思いふけっておりました。


上の記事を書いた後、

10年ぶりに発熱しました。

回復を図って、

高津宮へご参拝してまいりました。

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高津宮(筆者撮影)

30年以上も前から横を通っていたというのに、

一度もご参拝したことがなかったことに

どれだけ自分が神社に関心を

向けてこなかったかを思い知りました。

<(_ _)>ゴメンナサイ!


このブログは

あちこちの神社へ行ってきた記録に

なっていますから説得力ありませんけど、

ホンマに日本の神様に

興味を持ったことがなかったんです。

<(_ _)>ゴメンナサイ!


なぜか行かなきゃいけないような気がする、

呼ばれてるような気がする、

気になって仕方がない

という思いに突き動かされたのが

たまたま神社だったわけなんです。

仁徳天皇の皇居へ。_b0409627_10175798.jpg
高津宮(筆者撮影)

その連続で気づいたことは、

日本の歴史は神話からねつ造されていた

ということ。

神々の世界を意図的に操作されていたために、

この国は奪われ続けてきたのです。

こんなこと書いていながら、

歴史もまったく興味なかったんですよ。

仁徳天皇の皇居へ。_b0409627_10143068.jpg
高津宮(筆者撮影)

高津宮は仁徳天皇の皇居だったそうです。

大阪城築城の際、太閤さんによって

ここに高津宮が移されたのだとか。

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高津宮(筆者撮影)

仁徳天皇が御祭神と知ったときは、

宮内庁管轄っぽいところかと思いきや、

ゆる~くアットホームな境内でした。

仁徳天皇の皇居へ。_b0409627_10153627.jpg
高津宮(筆者撮影)

それに、かなりオープンなご本殿で、

展示物もたくさんありました。

仁徳天皇の皇居へ。_b0409627_10161506.jpg
高津宮(筆者撮影)

『ようこそ~』って迎えてくださったようで、

仁徳天皇のお人柄がうかがえます。

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高津宮(筆者撮影)

かわいらしいさざれ石がありました。

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高津宮(筆者撮影)

大阪平野は

戦争時大空襲で焼け野原になりました。

この地一帯がお寺とラブホテルだらけなのは、

この辺りはたくさんの方が亡くなったため、

住居にできなかったからだと

タクシーの運ちゃんから聞いたことがあります。

今はマンションが建つようになりましたが。

仁徳天皇の皇居へ。_b0409627_10171552.jpg
高津宮(筆者撮影)

ご本殿を出ると、

二万年前の神代杉というものを発見。

船のような形をしています。

仁徳天皇の皇居へ。_b0409627_10184135.jpg
高津宮(筆者撮影)

二万年前の杉ですか!?

人間はそのころいたのでしょうか。

初代神武天皇よりもはるかに昔の遺物ですね。

それをわざわざ、

仁徳天皇の皇居に展示されている

のは不思議な感じがします。

仁徳天皇の皇居へ。_b0409627_10190125.jpg
高津宮(筆者撮影)

境内の端に仁徳庭園なるスペースがありました。

仁徳天皇の皇居って、

橿原神宮のように

人の手が整然と加えられた

イメージがありましたが↓
仁徳天皇の皇居へ。_b0409627_19481749.jpg
橿原神宮(筆者撮影)


むしろここは、

隅っこにこじんまりと整えられているのが

不思議な感じです。

何が言いたいかといいますと、

皇居っぽくないんですよ。

ここは仁徳天皇の皇居だったというのに?

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高津宮(筆者撮影)

奥にはこんこんと湧き出ている泉がありました。

仁徳天皇の皇居へ。_b0409627_10195161.jpg
高津宮(筆者撮影)

お百度石がありますよ!?

ますます皇居っぽくないですやん。

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高津宮(筆者撮影)

ちょうど祝詞を奏上されていました。

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高津宮(筆者撮影)

もう一社、稲荷神社がありました。

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高津宮(筆者撮影)

地下に向かう階段がありました。

案内を見ると、

古い神様が祀られていそうな感じです。

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高津宮(筆者撮影)

ここが奥宮でしょうか。

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高津宮(筆者撮影)
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高津宮(筆者撮影)

陰陽石って、これですね。こちらは陰石。

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高津宮(筆者撮影)

じゃあ、こちらは陽石?

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高津宮(筆者撮影)

性器信仰ってことは、

思いっきり縄文の神様やないですか。

ますます皇居らしくありませんな~。

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高津宮(筆者撮影)

井戸掘削中?

ここで井戸を掘っておられるようです。

さっきの庭園は湧き水がありましたけど、

ここでも湧き水が出るのでしょうか。

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高津宮(筆者撮影)

新聞記事が貼りだされていました。

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高津宮(筆者撮影)

ここは江戸時代には

大坂の町が一望できる観光拠点として

にぎわっていたそうです。

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高津宮(筆者撮影)

高津宮には、

かつて生駒山からの伏流水で

名水が湧き出る「梅ノ井」と呼ばれた

井戸があったのだそうです。

生駒山!?

ほ、ホンマでっか!?(◎o◎)!

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高津宮(筆者撮影)

地球上の水は0.01%だけしか

人間には使うことができないのだそうです。

水資源が豊富な日本では

ピンとこないですがそれが事実なのですね。

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高津宮(筆者撮影)

徳仁天皇の水問題の研究発表でも、

世界の水不足について言及されていました。

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高津宮(筆者撮影)

江戸時代のにぎわいの拠点として

高津宮は栄えていたのですね。

大阪平野には上町台地があります。

そこに皇居があったのです。

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高津宮(筆者撮影)

徳仁さまと御命名されたのは昭和天皇です。

徳仁天皇の分御霊は昭和天皇なのであります。

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高津宮(筆者撮影)

仁徳天皇皇后両陛下の絵が御奉納されていました。

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高津宮(筆者撮影)


高き屋に のぼりて 見れば

煙立つ 民のかまどは

賑ひにけり

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高津宮(筆者撮影)

大阪市歌に

仁徳天皇の和歌がそのまま使われています。

はじめて知りました。

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高津宮(筆者撮影)

船の模型も奉納されていました。

縄文時代、高津宮周囲は海でした。

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高津宮(筆者撮影)

相合坂は縁結びの坂。

ここと向こう側が対になっていて、

同時に男女が坂をあがり、

頂点で出会うと相性が良いそうです。

ちょうどカップルがこの坂を上がっていました。

良いデートコースのようですね。

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高津宮(筆者撮影)

皇居と聞いていたものの、

実際はめっちゃ気さくな神社でした。

実際、ご参拝客でにぎわっていました。

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高津宮(筆者撮影)

ここが30年以上も前から

お世話になっている高津病院です。

なぜ今まで一度も

高津宮にご参拝してこなかったのか、

自分でも不思議なんです。

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高津宮(筆者撮影)

そして、

今年の夏まで夫の姉は

このすぐ近くのマンションに

10年間住んでいたという偶然。(◎o◎)!

高津宮の鳥居をくぐったところにある

マンションには何度も足を運んでいたのに、

高津宮には一度もご参拝してこなかったのが

奇妙にさえ思えます。

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グーグルマップより


実は、

高津宮にご参拝してみて

多大なる気づきを得ることになるのです。

続きは次回にて。




今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

隠されてきた裏を表に出すためにブログを書いています。

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by new-jomon | 2019-12-01 20:54 | 神々の世界を蘇らせる | Comments(0)

世界が欲した日本列島の御神体。

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天皇陛下が即位される

2日前の日曜日のことでした。

日曜日はたいてい

少年野球の予定が入っているのですが、

この日はたまたま

何も予定がありませんでした。

久しぶりに二度寝が許されたこの日の朝、

夢を見ました。

わたしは神社にいました。

(出雲大社?)

わたしは島根県の出雲大社には

ご参拝したことがありません。

でも出雲大社なんです。

(福知山?)

そこで目が覚めました。

夫は「今日、どこか行きたいところある?」

と聞いてきました。

わたし「さっき、神社の夢見てんけど。

出雲大社の。しかも福知山の方」

夫「福知山の方やったら、

亀岡の出雲大社かも」

わたし「元出雲やわ!」

ということで、亀岡にある

元出雲にご参拝に行くことになりました。

世界が欲した日本列島の御神体。_b0409627_17054599.jpg
出雲大神宮(筆者撮影)


元出雲は丹波の国の一之宮です。

世界が欲した日本列島の御神体。_b0409627_17074324.jpg
出雲大神宮(筆者撮影)

着いたらお祭りでした。

世界が欲した日本列島の御神体。_b0409627_17085862.jpg
出雲大神宮(筆者撮影)

巫女さんによる舞が奉納されていました。

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出雲大神宮(筆者撮影)

今日はなぜかどうしてか

奥宮が気になっていたので

そちらへ向かいました。

奥宮は御神体なので、

白たすきを身に付けてのご参拝となります。

白たすきは社務所にお借りしました。

世界が欲した日本列島の御神体。_b0409627_17130064.jpg
出雲大神宮(筆者撮影)

上社はスサノオ命様、

国祖は日本列島の御神体の神様です。

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出雲大神宮(筆者撮影)

皇祖より一万年以前。

国祖は日本列島の神。

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出雲大神宮(筆者撮影)


わたしは平成の御代に

天皇になり代わり

御神事をされてこられた神業師様に

国之常立命様の神降ろしを

見せていただきました。

世界が欲した日本列島の御神体。_b0409627_17154976.jpg
出雲大神宮(筆者撮影)


国之常立命様は

一度も人間として

肉体を持たれたことのない神様です。

そのため、

神業師様の肉体に降りられた際、

ゆっくりと、

しかし大変力強いながらも

重い口調で人間語を話されていました。

世界が欲した日本列島の御神体。_b0409627_17162173.jpg
出雲大神宮(筆者撮影)

国之常立命様は

大変激しくお怒りでした。

そのお怒りは

堕落してしまったこの国と

日本人に対してでした。

世界が欲した日本列島の御神体。_b0409627_17170041.jpg
出雲大神宮(筆者撮影)

そしてそのお怒りは

現在のアマテラス様にも向けられていました。

国をお譲りになった結果が

現在の日本の有様です。

天照大神とは役職であり、

歴代天照大神を担って来られたのが

出雲の神様でした。

超古代からの古い神様は

後から来られた別系統の女神様に

天照大神の役職を

お譲りになったのです。

世界が欲した日本列島の御神体。_b0409627_17215146.jpg
出雲大神宮(筆者撮影)

国之常立命様は大地そのものです。

ゆえにこの国は御神体なのです。

国造りというのは、

地球創世からの悠久の時を経て、

生命や人間が生きていけるように

環境を整えてくださったということです。

世界が欲した日本列島の御神体。_b0409627_17185913.jpg
出雲大神宮(筆者撮影)


この地球は宇宙のあらゆる因縁を

解消すべく作られた実験の星でした。

その地球の中でも、

日本列島が世界の雛型として

最初に創られました。

世界中が日本列島を欲しがったのは、

日本を制する者は地球を制し、

宇宙を制することを意味するからです。

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出雲大神宮(筆者撮影)

この天の川銀河は左回転に回転しています。

太陽系も左回転、

それぞれの惑星も左回転に公転しています。

そしてこの地球は左回転に自転しています。

この地球は左回転の方向に沿ってつくられたのです。

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出雲大神宮(筆者撮影)

自然の神ははたらきを示します。

はたらきとはシステムです。

システムとは自然の法則であります。

古い神は自然界の法則=左回転システムなのです。

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出雲大神宮(筆者撮影)

しかし現在の地球はすべてが行き詰まり

ボロボロになってしまいました。

つまり、

後から来た神というのは

自然の法則に逆らった右回転システムだった

ということです。

世界が欲した日本列島の御神体。_b0409627_17215146.jpg
出雲大神宮(筆者撮影)

古い神は自然界の仕組みとは

逆さまの方法論の神に

国譲りしたけれど、

しめ縄や鳥居で封じられてしまいました。


自然の法則の神を封じて、

自然界には存在しない、

奪い合いと序列の世界が作られたのです。

世界が欲した日本列島の御神体。_b0409627_17130064.jpg
出雲大神宮(筆者撮影)

国之常立命様の御神体の上に

はじめて降り立たれたのが、

スサノオ命でした。

出雲の地で人々を困らせていた

ヤマタノオロチを退治して

いけにえにされていたクシナダ姫を

救い出されました。

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出雲大神宮(筆者撮影)

オロチのしっぽから取り出したのが

天の叢雲の剣でした。

スサノオ命はそのつるぎを

姉上のアマテラス様に捧げられたのです。


世界が欲した日本列島の御神体。_b0409627_17114064.jpg
出雲大神宮(筆者撮影)

スサノオ命はクシナダ姫と夫婦になって

出雲の国造りに励まれました。

出雲の神々は夫婦神なのです。

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出雲大神宮(筆者撮影)

そしてご夫婦の御子孫が大国主となって

出雲の国造りに大いに励まれ、

日本中に子孫を残されました。

大国主の子孫は181柱ということです。

そして大国主は

アマテラスに国土を献上するよう迫られ、

国をお譲りになったのです。

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出雲大神宮(筆者撮影)

神話は神を擬人化されていますが、

対極のシステム(神)のやり取りが読み取れます。

創造し、生み出す供給系。

奪い、捧げさせる消耗系。

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出雲大神宮(筆者撮影)

自然に逆らったシステムを

この国に持ち込むためには、

自然の神を封じておかなければなりません。

そのため、

一万年以上も続いていた縄文文明を破壊し、

古史古伝を封じたのでした。

世界が欲した日本列島の御神体。_b0409627_17363185.jpg
出雲大神宮(筆者撮影)

消耗系は自ら生み出すことができないため、

常に供給系を必要とします。


供給されなくなったら消耗系は存在できなくなる。

そのことをもっとも恐れているのです。


そのためいつまでも供給しつづけるよう

騙し続けておかなければなりません。


しかしそのような不自然なことは

必ず行き詰ってしまいます。

世界が欲した日本列島の御神体。_b0409627_17360701.jpg
出雲大神宮(筆者撮影)

現在が行き詰まりのどん詰まりです。

もう現在のシステムは

維持不可能となってしまいました。

日本人から

搾取し続けるシステムの継続によって

日本人は疲弊しきり、

絶望させてしまいました。

しかし絶望は渇望。

絶望は真理への渇望へと転化させ

日本人を目覚めさせてしまうことになります。

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出雲大神宮(筆者撮影)

多くの人々が

この世界のカラクリに気づき始めると、

集合意識に変化が起きます。

集合意識に変化が起きると、

世の中の動きが変わります。

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出雲大神宮(筆者撮影)

封じられてきた神々の復活により、

人々も記憶を取り戻しはじめました。


そして覚悟を決められるようになるのです。


これまでの社会システムではもうダメだ。

既存のシステムを脱却し、

発想の転換をしなければと。

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出雲大神宮(筆者撮影)

日本は水の豊富な国です。

あまりにも豊富すぎて古来より

大水害に苦しんできました。


その一方でアフリカでは

今日の飲み水も行きわたらないのだそうです。

今上天皇の講演の記録に

そう記されていました。

歴代天皇は水の神を最も封じて来られました。

しかし今上天皇は

長年水問題に取り組まれており、

ご公務そのものが御神事だったのです。

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対極の神々は統合され、

新たなる神界が創造されます。

そして新たな世は

出雲の神々が再び国造りされるのです。

次代の天照大神は出雲の神様です。




日本の世明けはまもなくです。



今回もご一読いただきありがとうございました。

たくさんの日本人が目覚められますようブログを書いています。

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by new-jomon | 2019-10-30 00:13 | 世界の作り方 | Comments(2)

秦氏と賀茂氏と縄文神。


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縄文の神の教えは、

言葉ではなく形態で表している。


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イザナギ命とイザナミ命


その根本は「生命」をうみ出す

創造の原理。

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建水分神社(筆者撮影)


「みくまり」は「みこもり」

すなわち「身ごもり」

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宇賀神社(筆者撮影)
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宇賀神社(筆者撮影)


「子もうけ石」は縄文の化石

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宇賀神社(筆者撮影)


「子もうけ石」は「陰陽石」

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上賀茂神社(筆者撮影)


上賀茂神社の「陰陽石」

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上賀茂神社(筆者撮影)


「陰陽の融合」

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出雲大神宮(筆者撮影)


出雲の「夫婦岩」

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大神神社(筆者撮影)


大神神社の「夫婦岩」は聖天石

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生駒聖天



生駒聖天の御本尊は「夫婦神」。


「夫婦」から「子がうまれる」

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石切神社の御守り(筆者撮影)


生駒の「駒守」は「子守り」

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枚岡神社(筆者撮影)


生駒山の「なで鹿」

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枚岡神社(筆者撮影)


母は子を守り

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枚岡神社(筆者撮影)

父は母子を守る。

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出雲大神宮(筆者撮影)


大国主の「なでうさぎ」

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大神神社(筆者撮影)


大物主の「なで兎」

慈しみやさしくなでるとしあわせになる。

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上賀茂神社(筆者撮影)


上賀茂神社「睦の木」は

「一つに結ばれた

仲睦まじい家族をあらわしている」

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上賀茂神社(筆者撮影)



縄文の神のメッセージは

夫婦仲良くしていれば

子が授かるというもの。

子はやさしく慈しみなさい、

家族は仲良くしなさいということ。

陰陽和合。

創造の原理。

子孫繁栄。


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砂遺跡(筆者撮影)


縄文遺跡に祀られていた

「夫婦神」

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『君の名は。』


そのメッセージは二次元にも顕れています。

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『君の名は。』

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『ストリートファイターⅤ Hot!パッケージ』より


縄文文明に終止符が打たれ、

長きに渡り戦いの時代を体験した後、

やっと、

別れていた魂が再会するときがきた。

忘れられてきた縄文の神との融合。

「結魂」

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橿原神宮(筆者撮影)


カモさんは夫婦一対。

カモ、鴨、賀茂、加茂。

賀茂氏は縄文の叡智を守り続けてきた一族。

賀茂と名乗ったのは、

つがいのカモと

子育てにはげむカモを

シンボル化したのかもしれない。

「オシドリ夫婦」

「カルガモ一家」

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赤穂市立有年考古館(筆者撮影)


謎の渡来人・秦氏は、

縄文発祥の叡智を

文明の拠点の移動とともに

渡ってきた一族。

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日下貝塚(筆者撮影)


大陸から渡来してきたけれど、

本当は日本に帰ってきた一族だったのです。

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橿原神宮(筆者撮影)


カモさんは渡り鳥。

秦氏はカモ氏。

彼ら古代祭祀一族が奉じる神は

縄文の神だった。



今回もおめどおしいただきましてありがとうございました。

日本の目覚めのためにブログを書いています。

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by new-jomon | 2019-10-09 02:06 | 世界の作り方 | Comments(0)

ひのもとの神は真の太陽神

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日下貝塚を訪れた後、

石切神社に向かいました。


この記事は

ひのもとにキタ―(゚∀゚)―!!

のつづきです。


ここはわたしが神武東征にまつわる史跡探訪の

きっかけを与えてくださった原点です。

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石切神社 饒速日命(筆者撮影)


物部氏の始祖ニギハヤヒ命。


この神はニニギの兄(アマテラスのひ孫)とされていますが、


本当はスサノオの息子


そしてもともとの皇祖神であり、


ひのもとの天照大神だった。


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石切神社(筆者撮影)


本社の主祭神はウマシマジ。

奥宮の主祭神はニギハヤヒ。

ニギハヤヒの息子がウマシマジ。


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石切神社(筆者撮影)


御神木はクスノキ。


後醍醐天皇が楠木正成公に


絶大なる信頼を寄せられていたのは


夢をご覧になったのがきっかけでした。


菩薩の使いの二人の子どもが夢に現れ、


「これよりしばし地上は乱れましょう。


御身が隠れる場所もないほどです。


ただ、あの大樹の南の陰に


天子のための席を設けました。


しばらくはその木陰でお過ごしなされませ」



とお告げされたのです。


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石切神社(筆者撮影)



大樹の南とは木の南。楠木。


後醍醐天皇は神のご意思に従い、


河内の土豪に過ぎなかった楠木正成公を頼りにされたのでした。


(6)悪党といわれた陰の立役者・楠木正成
(7)後醍醐天皇と楠木正成公

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石切神社(筆者撮影)


後醍醐天皇の祖神はアマテラス。


しかし後醍醐天皇は祖神とは別系統の神を奉じました。


後醍醐天皇が奉じた神は、古い神。


宇宙開闢の神、水の神。出雲の神。


そのため

ふたりの天皇が同時代に存在することになったのです。


南朝(大覚寺統)が奉じるニギハヤヒ


北朝(持明院統)が奉じるアマテラス


アマテラスは女神の太陽神


ニギハヤヒは男神の太陽神

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石切神社(筆者撮影)


後醍醐天皇が奉じられた神は


ここの御祭神と同じです。


名前を書き換えられた水の神。


水の神は龍神。


生駒の龍神は八大龍王。


その正体は瀬織津姫。

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石切神社(筆者撮影)


瀬織津姫はニギハヤヒの妻神。


ニギハヤヒは男神天照大神の和魂(にぎみたま)


瀬織津姫は男神天照大神の荒魂(あらみたま)


ニギハヤヒは瀬織津姫と一体です。


しかし後から来た渡来人がこの神様を別れさせてしまった。


中臣氏が神道奥義・天の岩戸開き神事で出したのは、


女神の太陽神。


男は太陽、女は月。

男は火、女は水。

男は陽、女は陰。

男は上、女は下。


これは不変の宇宙の秩序。

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天の岩戸開き神話


女神が太陽神になったということは、

逆さまの道理が

この世にもたらされたということ。

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石切参道(筆者撮影)


女神の太陽神を出すために、


藤原不比等は記紀神話で


男神天照大神ニギハヤヒの妻神・瀬織津姫を封じた。


この重要な瀬織津姫は記紀には登場しない。


しかし太陽を背にして戦った


最強のラスボス・ナガスネヒコとして登場する。

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ストリートファイターⅢ3rdより


『日本書紀』では


神武に最後まで逆らったナガスネヒコを


主君ニギハヤヒの手で斬殺されたことになっている。


このことはつまり、


瀬織津姫が消されたことを意味する。


実際、瀬織津姫は持統天皇の御代に名前を消され


鬼や姥に姿を変えられた。



もともとの皇祖神であり天照大神は夫婦神。


しかし記紀と為政者によって隠された。


けれど神の存在を消すことはできない。


そのため名前を書き換えられた。


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石切不動明王(筆者撮影)


太陽を背にし、


悪を許さぬ強い神はナガスネヒコ。


天照大神の荒魂。


津波や大洪水を起こす水の神。



大日如来の化身・不動明王。

不動明王を祀る場所には必ず水場がある。

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石切不動明王(筆者撮影)



不動明王が祀られている側には


神名を書き換えられたニギハヤヒが祀られている。


不動明王は大日如来(太陽神)の化身だから。


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石切不動明王(筆者撮影)


お参りしていた女性は不動明王に水をかけていた。


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石切不動明王(筆者撮影)


不動は婦道。


女の強さは我慢ができる辛抱強さ。


そして主人にお仕えする忍耐力。


命がけで子どもを産む我慢強さ。


それが古来より受け継がれてきた女(おなご)の道。


不動明王には婦道が隠されている。


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石切神社(筆者撮影)


夫のために命を捧げられる強さ。

内助の功。


石切の御滝(筆者撮影)
石切の御滝(筆者撮影)



滝は龍神・瀬織津姫の御神体。


その姿は白糸の滝。


白糸は白蛇白龍ニギハヤヒ。


滝のそばで不動明王がニギハヤヒをお守りしている。


石切の御滝(筆者撮影)
石切の御滝(筆者撮影)


ナガスネヒコが守っていた古戦場を振り返れば、


必ずといっていいほど


水場に不動明王が鎮座していた。


石切の御滝(筆者撮影)
石切の御滝(筆者撮影)


真の太陽神は夫婦神。


元々一体の二柱の神は隠されていても


必ず夫婦一対で存在している。

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石切参道(筆者撮影)

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生駒聖天では、

ニギハヤヒと瀬織津姫を隠して

ヒンドゥ教の双身歓喜天として祀っている。

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石切神社(筆者撮影)


安岡正篤(まさひろ)先生は


神武東征古戦場・孔舎衙坂の近くに住んでおられました。


天才だった安岡先生は


「記紀はウソ」


ということを当然ご存知だったはず。


しかしそれを表に出せば、


神武の皇統が覆ってしまう。

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石切神社(筆者撮影)


神武東征時、


ひのもとを譲ったニギハヤヒは、


ナガスネヒコを東北に逃がし、


御自らは神武天皇の補佐役としての役目を担い、


三輪山に鎮まられた。


神武の補佐役にはニギハヤヒの息子ウマシマジ、


第十代崇神天皇の御代にはオオタタネコが天皇を補佐した。

(10)崇神天皇とオオタタネコ


以来、必ずニギハヤヒの子孫が歴代天皇を補佐している。


裏天皇として。

(13)知られざる裏天皇八咫烏

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安岡正篤 一日一言


終戦の詔勅(玉音放送)の原稿を書かれたのは安岡先生。


原稿から伝わってくるのはニギハヤヒの思い。

【ニギハヤヒ命】に導かれて②「終戦の玉音放送」の原稿を書いた昭和の裏天皇。

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石切神社(筆者撮影)


天皇制がはじまって以来、


災害、飢饉、干ばつ、疫病が蔓延しました。


それは本来の太陽神に逆らったシステムが持ち込まれたから。

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石切神社(筆者撮影)


神武の血脈は天の川銀河の回転方向とは


逆回転のシステムの遺伝子。

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石切神社(筆者撮影)


記紀(藤原不比等)が生み出した


神武王朝は令和をもって完成となります。


記紀(宗教)の時代は完成をもって終了する。

③嫉妬の正体は「フヒトの仕組み」だった!


藤原氏がつくりあげた日本は終わる。


藤(フジ) 晴れたり 日本晴れ


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三輪山より太陽をあおぐ(筆者撮影)



ナガスネヒコはよみがえる。



続きは次回にて!

今回も最後までお目通しいただきありがとうございました。

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by new-jomon | 2019-09-19 10:11 | 日本の歴史を蘇らせる | Comments(0)

ニギハヤヒと瀬織津姫に仕掛けられた呪詛

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天の川から天野川へ。

奈良県吉野郡天川村へ行った翌日。

夫が「いわふね神社に行こか」

と言いました。

昨日はかなりの長距離運転だったのに?

磐船神社は今まで何度も連れてってくれたので

わたしはさすがに遠慮しました。

しかし夫はすっかり行く気になっており、


予定通りに実行しないと気持ち悪いというので行ってきました。

吉野郡天川村の天の川から天野川へ。


この記事は、

鬼は神。不動明王は瀬織津姫だった!①
鬼は女神。般若は瀬織津姫だった!②

のつづきです。

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天野川(筆者撮影)

ここは七夕伝説のある天野川

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天野川(筆者撮影)


この近くには星田神社や星田妙見宮があるとおり、

天野川付近には星々が点在している。


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大阪府交野市私市(筆者撮影)

「おおさかふ かたのし きさいち」

これをそらで読めるのは、

河内の人間の証。

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磐船神社(筆者撮影)


難読地名に導かれるたびに


その土地の神々の痕跡が紐解かれてゆく。

ニギハヤヒと瀬織津姫に仕掛けられた呪詛_b0409627_23160825.png
磐船神社(筆者撮影)


あまり知られていないが、


河内にも天孫降臨してきた神がいる。

ニギハヤヒノミコトという謎多き神

ニギハヤヒと瀬織津姫に仕掛けられた呪詛_b0409627_20505326.jpeg
磐船神社(筆者撮影)

ここは縄文の祭祀形態が残された巨石信仰。

境内は巨石で埋め尽くされているため、

その隙間をくぐりぬける

修行の地として栄えていた。

それが磐船神社の岩窟めぐり。

ここは古代より生駒修験の霊場だった。


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磐船神社(筆者撮影)


物部氏は

御祭神ニギハヤヒの神名を隠さず祀る。


本殿を置かず

直接御神体の巨石に祈りを捧げる。


ニギハヤヒと瀬織津姫に仕掛けられた呪詛_b0409627_20473243.jpeg
磐船神社(筆者撮影)

天照國照彦天火明奇玉饒速日尊

あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと


これほど徳の高い謚(おくりな)は他にない。

それほど地元の人々は

この神の徳の高さに心から感謝し、

神縁を心から喜び、


主君としたことが誇りだった。

地元縄文の人々にとって。

ニギハヤヒと瀬織津姫に仕掛けられた呪詛_b0409627_20474662.jpeg
磐船神社(筆者撮影)


創祀年代は縄文から弥生への過渡期。


もっとも謎多き時代。


ニギハヤヒは

縄文の祭祀形態で祀られている。


天の磐船に乗って

降臨してきたということは

渡来して来た神ということ。

ゆえに物部氏は渡来人。

なのに

縄文の祭祀形態を守ってきたのはなぜ?

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磐船神社(筆者撮影)

それは、

物部氏の始祖ニギハヤヒは

縄文文明の拠点・ひのもとから出発し、

惑星の回転周期に沿って

叡智を保持しつつ


文明の拠点を移しながら

ふたたび日本に帰ってきたから。

その移動手段が天の磐船だった。

ゆえに物部氏は

見かけ上は渡来人ではあるが、

ほんとうは

叡智を携えて日本に帰ってきた一族。

神話によれば

ニギハヤヒが天降ったとき、

この地を治めていたのは

土着の縄文人ナガスネヒコだった。


ニギハヤヒと瀬織津姫に仕掛けられた呪詛_b0409627_20493841.jpeg
磐船神社(筆者撮影)


磐船稲荷大明神。

その御祭神の正体は

縄文の女神・瀬織津姫。



この地は七夕伝説が残されている。

織姫と彦星。

仲睦まじい夫婦に嫉妬した天帝の后が

ふたりの間に天の川を引いて

離別させてしまった。

それは


天の川銀河の回転方向と

正反対の思考回路ゆえに

為しえた行為。

ニギハヤヒと瀬織津姫に仕掛けられた呪詛_b0409627_01224992.jpg
磐船神社(筆者撮影)

天川。天の川。天野川。

天の川銀河の回転方向と

逆向きの意識体が


この地球にやってきてから

文明は逆転した。


縄文と弥生の過渡期。


文明の転換は「神武東征」。

新たな統治者の思考回路は

縄文人とは正反対。


縄文人は


自己愛強きゆえに

相手と自分は同じとみなして


相手に与える「おもてなし」。


ありがとうは

自分に戻ってくる循環エネルギー。


一方、


弥生人は


相手と自分を比較して


自分に不足したエネルギーを

相手から「奪いたい」。


自己愛なきゆえに

劣等感と優越感を抱き


嫉妬は序列を生じさせる。

自己愛不足は奪い続けなければ

生きられない消耗エネルギー。


奪う者、奪われる者。

騙す者、騙される者。

正直と嘘つき。


この両者が

同時空間に存在することにより、


エネルギーの需要と供給関係が

成立する。


搾取する者とされる者。

支配者と奴隷。


その実態は相互依存。

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磐船神社(筆者撮影)

地名には

土地の神が暗号化されている。

地名を書き換えようとする者は

後から来た渡来人。

彼らの意図は地名を変え、

先住の神を鬼の姿にして

恐れさせて

人々から神を遠ざけ

人々の集合意識から

元の神の存在を消そうとした。

新しき王による

弥生の世をつくるために。

ニギハヤヒと瀬織津姫に仕掛けられた呪詛_b0409627_20501563.jpeg
磐船神社の向かい側にあった石碑(筆者撮影)


しかし

新しき為政者たちが封じたはずの

元の神は

そこかしこに痕跡を露わにしている。


けれど記憶を封じられた人々は


その痕跡に気づかない。


しかし

曇りなき眼(まなこ)で

ものごとを見定め

その土地に実際に訪れてみれば

必ず土地の神の痕跡を

見つけることができる。

ニギハヤヒと瀬織津姫に仕掛けられた呪詛_b0409627_20521270.jpeg
磐船の滝へ向かう道(筆者撮影)


わたしはこの道を歩きながら

なぜか六甲山を思い出していた。


岩が露出した山肌は、

六甲の瀬織津姫の巨石を祀る

御神体へ向かう道と

そっくりだったから。


筆者、瀬織津姫に会いに行く!縄文磐座ツアー。


ニギハヤヒと瀬織津姫に仕掛けられた呪詛_b0409627_00544518.jpg
磐船の滝に向かう道(筆者撮影)


土地は情報をもっている。

語らず文字を使わずとも

その形態をもって

わたしたちに情報を伝えている。

土地に導かれるという感覚は、

見えない糸で引っ張られるように

わたしをその地へ連れて行く。

人を遣い、

夢で示唆を与え、

偶然を装って明確に示される。

実際にその土地に訪れてみれば、

知識以上の情報を得ることになる。

それは、腑に落ちたという感覚。

そして知っていたという感覚。

思い出したという感覚。

ニギハヤヒと瀬織津姫に仕掛けられた呪詛_b0409627_20530465.jpeg
磐船の山肌(筆者撮影)


岩と木が一体になっている。

石と木。

意思と氣。

意識エネルギーは

縄文のテクノロジーだった。

思念で物質化するスキルは

現代人よりもはるかに長けていた。

自己愛強き彼らには、

不可能という概念は

存在しなかった。

わたしたちのご先祖様は

神のごとく生きていた。

ニギハヤヒと瀬織津姫に仕掛けられた呪詛_b0409627_20491061.jpeg
磐船の滝(筆者撮影)


新しき為政者は、

縄文人の能力が

自分たちよりも長けていることに

気が付いた。

奴隷のはずの彼らは

自然崇拝による

意識エネルギーのフォースを

自在に扱う術をもっていた。

それゆえ

彼らに嫉妬した為政者は、

彼らに自然物に祈らせることを

封じるために

鳥居やしめ縄で結界を張り、

立派な建物や偶像に

意識を向けさせ、

元の神の存在を

人々の記憶から消して

意識エネルギーのフォースを

奪ったのです。

ニギハヤヒと瀬織津姫に仕掛けられた呪詛_b0409627_00095990.jpg
磐船の滝(筆者撮影)

為政者は、

縄文人が自己愛強きことを

知っていた。

そのため、

自尊心を傷つけ、

自虐史観を植えつけて

自己愛を欠乏させるよう

無意識レベルに呪詛をしかけた。

「正統なる歴史書」に

宗教を持ち込み

六道の世界観を刷り込んで

六道輪廻の迷いの世界に

魂を閉じ込め、

彼らのルーツである

親神を悪神に仕立て上げた。


ニギハヤヒと瀬織津姫に仕掛けられた呪詛_b0409627_20543055.jpeg
磐船の滝(筆者撮影)


藪を掻き分けて奥へ進むと

ひとすじの直瀑の滝が。


わたしは今まで

ここに滝があることを

知りませんでした。

けれども

謎解きの答え合わせとして

知らされたようです。

わたしはこれまで直観で

白龍大神はニギハヤヒ

八大龍王は瀬織津姫

ということがわかったときに

ここに導かれたのです。

ニギハヤヒと瀬織津姫に仕掛けられた呪詛_b0409627_20550464.jpeg
磐船の滝(筆者撮影)


白龍大神と八大龍王が

一緒に祀られている。

封じられた神は

神名を書き換えられようとも

夫婦一対で存在していたことに

心からの安堵と

畏敬の気持ちが湧いた。

そして

三次元的視点では

見つからないように仕掛けられた

完璧なトリックに

驚嘆するとともに、

腑に落ちた。

ニギハヤヒと瀬織津姫に仕掛けられた呪詛_b0409627_20553844.jpeg
磐船の滝(筆者撮影)


滝は瀬織津姫の御神体。

白糸の姿は

白龍であり

白蛇であり

ニギハヤヒ。

そして

不動明王が

御神体をお守りしている。

瀬織津姫は

不動明王に変化してもなお、

主君にお仕えされていた。

ニギハヤヒと瀬織津姫に仕掛けられた呪詛_b0409627_20564710.jpeg
磐船の滝(筆者撮影)

不動明王が祀られている場所には

必ず水場がある。

不動明王が水神である証。

ニギハヤヒと瀬織津姫に仕掛けられた呪詛_b0409627_20571456.jpeg
磐船の滝(筆者撮影)


そして

かならず光背に

炎を燃え上がらせている。

水の神が

火の神をお守りしている証左。

火の神は大日如来。

つまりは太陽神。

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国道308号線 四條畷市下田原(筆者撮影)


滝から車で10分ほどのところにある

ナガスネヒコ本拠碑を目指しました。


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長髄彦本拠の碑(筆者撮影)


我が国最大の国賊ナガスネヒコ。

生駒と河内の族長である彼は、

この碑以外の

どこにもその名がありません。

神武天皇に逆らった

国賊であるがゆえに、

ナガスネヒコの名前は

消されてしまったのです。

 『日本書紀』では

主君ニギハヤヒに

斬殺されたのだからなおのこと。

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長髄彦本拠の碑(筆者撮影)

彼の主君に対する忠誠心は

どこからくるのだろう。

男なら

自分よりも有能な男に

嫉妬するのが普通だ。

彼ほどの強さを持つ者ならば、

いとも簡単に主君に反逆し

下剋上できたであろうに。

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長髄彦本拠の碑(筆者撮影)


しかし彼は自分を捧げてまでも

主君に忠実であろうとした。

彼は太陽神を守ることを

自らの使命としていた。

彼がいのちを賭けてでも

守ろうとしたのは

正統なるスメラミコトの遺伝子と

万世一系の秩序だった。

それは縄文から受け継がれし

宇宙の叡智そのもの。

叡智とは宇宙の法則。

どんな存在も

法則から逃れることはできない。

たとえ

神と呼ばれる存在であったとしても。

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長髄彦本拠の碑(筆者撮影)


彼は

逆さまの道理が

持ち込まれることを

全力で阻んだ。

彼にとっては

太陽に向かって戦さを仕掛けた

神武こそ逆賊。

しかし

悪役が善に、

善が悪役になるという

宇宙の計画により、

ナガスネヒコは

我が国最大のラスボスとなった。

そのラスボスの正体を

わたしは直観で見破った。

彼こそ

主君ニギハヤヒの妻・瀬織津姫。

不動明王の姿こそナガスネヒコ。

不正を許さぬ憤怒の相。

その正体は罪穢れを祓う水の神。

この神を封じておかなければ、

嫉妬と嘘と不正と隠蔽工作でつくる

ニセモノの世界を

体験することができなかった。

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ニギハヤヒは

宇宙の計画を知っていたのでしょう。

無秩序の文明文化を

体験する周期となることを

承知の上で

秩序の神に下がってもらい、

御自らは

神武の補佐役として

裏方の役目を担ったのです。

「ひのもと」を閉じて。



次回に続きます。

今回も最後までお読み下さりありがとうございました。

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by new-jomon | 2019-09-09 01:19 | 神々の世界を蘇らせる | Comments(0)

伊勢は「〇〇」!? 元伊勢の鬼さんとつながる。

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わたしはまたもや鬼さんネットワークにつながってしまったようです。前回のブログに

「鬼は神」

と書いた翌朝、こんなテレビ番組を見ました。2019年8月7日の朝のNHKで「日本の鬼の交流博物館」の紹介をしていたのです。丹波地方の言い伝えを紹介されていました。

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京都綾部の高津八幡宮にある「阿」と「吽」の鬼板。これは魔除けとして取り付けられていたと言われています。

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兵庫丹波の高座神社にある「お払い箱」。これは伊勢神宮から配られる御札を納めた木箱で、次の年には処分することから「お払い箱」と呼ばれるようになったとのこと。

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「『なんだこりゃ』と思う物に興味を持ってもらって」

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「その地域の歴史なり文化財なりをまた再評価する機会になればうれしい。」日本の鬼の交流博物館 館長さんのコメント。

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この特別展は「日本の鬼の交流博物館」で9月1日まで開かれています。
我が家にとって「日本の鬼の交流博物館」のある京都府福知山市はとてもご縁の深いところです。夫の親せきが住んでいまして、毎週福知山まで通った時期がありました。数年前まで由良川の近くにある親戚の畑を借りて野菜をつくっていたんです。


ところで鬼さん方がどうしても伝えて欲しいようですので、以下、長文ですが丹波地方(大江山)に伝わる鬼伝説を下に転載させていただきました。


大江山の鬼伝説
 丹波と丹後がまだ分立せず「大丹波時代」といわれた古代、この地方は大陸の文化をうけ入れ、独自のすぐれた古代文化をもっていた。

 しかし、平安京が政治の中心となってから、この地方は、都に近い山国として、日本の歴史の中で、王城の影の地域としての性格を色濃くにじませるようになる。
隠田集落であると伝承する山里が散在することは、そのことを如実に物語っている。また、王朝時代、大きな役割を果たした陰陽道で、乾(北西)は忌むべき方角とされたが、当地は都の乾の方角に当たっていた。

 酒呑童子や羅生門の鬼に代表されるように、京の都に出没する鬼は、王権を脅かす政治的な色合いの強い鬼である。天皇が勅命を下し、武将に鬼を退治させる物語―それは、王権が自らの権力を誇示し、その物語を通して王権を称掲する手段にしようとして、つくり出したものではなかったのか。あるいは、中世に入り、地に堕ちた王権を支えようとした人々の願望としての王権神話ではなかったのか。

 丹波山地の中で、もっとも著名な山であり高山でもある大江山連峰―時代によって与謝の大山、三上ヶ嶽、御嶽、大江山と名をかえつつも、丹波と丹後を扼する要地にそばだってきた大江山―ここに鬼退治伝説が三つ残されていることは偶然ではないのかもしれない。

大江山の鬼伝説(その一)
「陸耳御笠」
-日子坐王伝説―
大江山に遺る鬼伝説のうち、最も古いものが、「丹後風土記残欠」に記された陸耳御笠の伝説である。青葉山中にすむ陸耳御笠が、日子坐王の軍勢と由良川筋ではげしく戦い、最後、与謝の大山(現在の大江山へ逃げこんだ、というものである。

 「丹後風土記残欠」とは、8世紀に、国の命令で丹後国が提出した地誌書ともいうべき「丹後風土記」の一部が、京都北白川家に伝わっていたものを、15世紀に、僧智海が筆写したものといわれる。

 この陸耳御笠のことは、「古事記」の崇神天皇の条に、「日子坐王を旦波国へ遣わし玖賀耳之御笠を討った」と記されている。

 土蜘蛛というのは穴居民だとか、先住民であるとかいわれるが、土蜘蛛というのは、大和国家の側が、征服した人々を異族視してつけた賎称である。

 陸耳御笠について、興味ある仮説を提示しているのが谷川健一氏で、「神と青銅の間」の中で、「ミとかミミは先住の南方系の人々につけられた名であり、華中から華南にいた海人族で、大きな耳輪をつける風習をもち、日本に農耕文化や金属器を伝えた南方系の渡来人ではないか」として、福井県から鳥取県の日本海岸に美浜、久美浜、香住、岩美などミのつく海村が多いこと、但馬一帯にも、日子坐王が陸耳御笠を討った伝説が残っていると指摘されている。

 一方の日子坐王は、記紀系譜によれば、第九代開化天皇の子で崇神天皇の弟とされ、近江を中心に東は甲斐(山梨)から西は吉備(岡山)までの広い範囲に伝承が残り、「新撰姓氏録」によれば古代十九氏族の祖となっており、大和からみて、北方世界とよぶべき地域をその系譜圏としているといわれる。

「日子」の名が示すとおり、大和国家サイドの存在であることはまちがいない。「日本書紀」に記述のある四道将軍「丹波道主命」の伝承は、大江町をはじめ丹後一円に広く残っているが、記紀系譜の上からみると日子坐王の子である。

 この陸耳御笠の伝説には、在地勢力対大和国家の対立の構図がその背後にひそんでいるように思える。

大江山の鬼伝説(その二)
「英胡・軽足・土熊」
―麻呂子親王伝説―
 用明天皇の時代というから六世紀の末ごろのこと、河守荘三上ヶ嶽(三上山)に英胡・軽足・土熊に率いられた悪鬼があつまり、人々を苦しめたので、勅命をうけた麻呂子親王が、神仏の加護をうけ悪鬼を討ち、世は平穏にもどったというものである。

 大江町の如来院や清園寺をはじめ、寺社の縁起として、あるいは地名由来として、両丹における麻呂子親王伝説の関連地は70カ所に及ぶといわれている。麻呂子親王は用明天皇の皇子で、聖徳太子の異母弟にあたる。文献によっては、金丸親王、神守親王、竹野守親王などとも表記されているが、麻呂子親王伝説を書きとめた文献として、最古のものと考えられる「清園寺古縁起」には、麻呂子親王は、十七才のとき二丹の大王の嗣子となったとある。

 この伝説について、麻呂子親王は、「以和為貴」とした聖徳太子の分身として武にまつわる活動をうけもち、仏教信仰とかかわり、三上ヶ嶽の鬼退治伝説という古代の異賊征服伝説に登場したものであろうといわれているが、実は疫病や飢餓の原因となった怨霊=三上ヶ嶽の鬼神の崇りを鎮圧した仏の投影でもあり、仏教と日本固有の信仰とが、農耕を通じて麻呂子親王伝説を育て上げたものであるともいわれる。

 この麻呂子親王伝説は、酒呑童子伝説との類似点も多く、混同も多い。酒呑童子伝説成立に、かなりの影響を与えていることがうかがえる。

大江山の鬼伝説(その三)
「酒呑童子」
―源頼光の鬼退治―
 酒呑童子は、日本の妖怪変化史のうえで最強の妖怪=鬼として、今日までその名をとどろかせている。

 平安京の繁栄―それはひとにぎりの摂関貴族たちの繁栄であり、その影に非常に多くの人々の暗黒の生活があった。そのくらしに耐え、生きぬき抵抗した人々の象徴が鬼=酒呑童子であった。

 酒呑童子という人物は史実に登場しないから、この話はフィクションの世界のできごとである。

 酒呑童子物語の成立は、南北朝時代(14世紀)ごろまでに、一つの定型化されたものがあったと考えられており、のち、これをもとにして、いろいろな物語がつくられ、絵巻にかかれ、あるいは能の素材となり、歌舞伎や人形浄瑠璃にもとり入れられ、民衆に語り伝えられていった。
酒呑童子は、フィクションの中の妖怪=鬼ではあるけれども、日本の文化史の中で果たした役割は、きわめて大きいものがある。

そしてその物語の背景となった、破滅しながら、しぶとくあくどく生きた、底辺の人々の怨念が見えかくれする。

 酒呑童子という名が出る最古のものは、重要文化財となっている「大江山酒天童子絵巻」(逸翁美術館蔵)であるが、この内容は現在私たちが考えている酒呑童子のイメージとはかなりちがっている。


 
まず「酒天童子」であり、童子は明らかに「鬼王」であり「鬼神」である。

 また大江山は「鬼かくしの里」であり、「鬼王の城」がある。あるいは、「唐人たちが捕らえられている風景」、「鬼たちが田楽おどりを披露する」など興味深い内容がある。

 そして頼光との酒宴の席での童子の語りの中に、「比叡山を先祖代々の所領としていたが、伝教大師に追い出され大江山にやってきた」とある。

 また「仁明天皇の嘉祥2年(849)から大江山にすみつき、王威も民力も神仏の加護もうすれる時代の来るのを待っていた」とあるから、神仙思想の影響もうかがえる。

 ところで、童子といえば童形の稚児のことで、神の化身でもある。したがって、酒呑童子は、山の神の化身とも考えられるわけだが、酒呑童子は仏教によって、もとすんでいた山を追われる。

 それは山の神が仏教に制圧されていく過程であり、酒呑童子を迎えてくれる山は、仏教化されていない山―もっと古い時代から鬼のすんだ山―土着の神々が支配する山である大江山しかなかったのである。

 酒呑童子は、中世に入り、能の発達と共に謡曲「大江山」の主人公として、あるいは日本最初の庶民むけ説話集である「御伽草子」の出現により、広く民衆の心の中に入り込んでいった。

 中世的怪物退治物語の代表作としての酒呑童子物語には、源氏を標榜した足利将軍家の意向をうけた「頼光=源氏の功名譚」としての要素、地におちた王権を支えようとする人々の願望としての「王権説話」、あるいは「神仏の加護」など多様な内容をもりこんでいるがもう一つ、この大江山に伝わっていた「大江山の鬼伝説」が大きな要因となっていることを見落としてはならない。

 酒呑童子は頼光に欺し殺される。頼光たちは、鬼の仲間だといって近づき、毒酒をのませて自由を奪い、酒呑童子一党を殺したのだ。このとき酒呑童子は「鬼に横道はない」と頼光を激しくののしった。

 酒呑童子は都の人々にとっては悪者であり、仏教や陰陽道などの信仰にとっても敵であり、妖怪であったが、退治される側の酒呑童子にとってみれば、自分たちが昔からすんでいた土地を奪った武将や陰陽師たち、その中心にいる帝こそが極悪人であった。

 「鬼に横道はない」酒呑童子の最後の叫びは、土着の神や人々の、更には自然そのものが征服されていくことへの哀しい叫び声であったのかもしれない。
(「大江山の鬼伝説」より転載)





奇しくも、息子の合宿先が福知山の大江山なのです。なんたる偶然。そこは酒呑童子の里にありまして「日本の鬼の交流博物館」がすぐ横にあるのです。


ところで福知山は綾部、宮津などを含めた丹波・丹後地方(両丹)にあり、元伊勢があります。

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『ガイアの法則』より

このエリアは東経135度ライン+1.4度内にあり、元伊勢、元出雲があります。現在の伊勢はこのエリアに入っていないのです。

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丹後一之宮 元伊勢籠神社(筆者撮影)

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丹波一之宮 出雲大神宮(筆者撮影)


『日月神示』


海の巻


第十一帖


「タンバはタニハ、


田庭とは日の本の国ぞ、


世界の事ぞ、


タンバとはタンバイチとは


世界の中心と云ふ事ぞ、


日の本と云ふ事ぞ、


キミの国ざぞ、


扶桑の国ざぞ、


地場ざぞ、


判りたか。」


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天橋立(筆者撮影)

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『ガイアの法則』より



福知山といえば、七夕の日にもニュースになっていました。福知山市動物園のおサルさんが脱走していなくなっていたのが、七夕の日に無事見つかったそうです。このことについてはこちら。【七夕祝②】ニギハヤヒと瀬織津姫がここにも暗号化されていた。
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WANTED 「みわ」去る? 福知山市動物園から脱走 /京都


行方不明のニホンザル「みわ」見つかる 

行方不明の日本去る「みわ」見つかる

行方不明の日本去る「三輪」見つかる

行方不明の日の本の三輪の神が見つかる

大物主(ニギハヤヒ)が表に出る(7月7日に)


京都府福知山市は新たな文明発祥エリア内。


ちなみに園長さんは「二本松」さん。

「日本待つ」さん。



いよいよ元の神様がお出ましになられる時節を迎えたようです。

ところで、鬼さんについて書いておりますと、なぜか青森県が気になりだしました。

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青森と天橋立は非常に深い関係があります。

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天橋立(筆者撮影)

去年の3月にこの地を訪れたときに、籠神社の参道で店番をしているおばあちゃんに声を掛けられて下の貝殻を購入したのでした。

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この貝がらは、後に「砂」に隠されたニギハヤヒと瀬織津姫の封印を解除せよ!の記事を書かせていただくことになったのでした。天橋立もまた、ニギハヤヒと瀬織津姫と深い関わりがあるのです。

青森と丹波。共通するのは鬼さんです。

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青森県はかつて蝦夷と呼ばれ、朝廷から鬼と恐れられていた人たちがいました。彼らの頭領こそが阿弖流為です。アテルイはあまりにも強かったので鬼として恐れられたのです。圧倒的な大軍を率いていた朝廷軍は、20年以上も阿弖流為に勝つことができませんでした。

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アテルイとモレの塚(筆者撮影)

阿弖流為は副将モレと500人の部下を率いて降伏を申し出、坂上田村麻呂とともに上京しました。これまで棲み分けてきた縄文(日高見国)と弥生(日本)。そもそも桓武天皇が大仏の建立の際に金が必要だったので、天皇は金の豊富な埋蔵地である日高見国を欲しがったのです。

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阿弖流為と母礼の塚(筆者撮影)

みんなが仲良く平和に暮らしていた日高見国の人たちは、不条理にも住んでいた土地を奪われることになったのです。朝廷は東北に移民を連れて来て住まわせたり、城壁を設けたりして東北の土地を浸食していったのです。

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阿弖流為と母礼の塚(筆者撮影)

阿弖流為は物部の支援を受けて20年以上も朝廷軍と戦い続けましたが一度も負けませんでした。アテルイの強さを恐れた朝廷は、彼らを鬼として人民を恐れさせて滅ぼす大義名分を立てたのです。「鬼退治」として。

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阿弖流為と母礼の塚(筆者撮影)

ここは河内。鬼門封じの片埜(かたの)神社のすぐ隣にアテルイとモレの首塚があります。ここは怨霊が祀られているとして恐れられていたそうです。けれどもわたしはここが恐いと感じたことはありません。いつ来ても子どもたちがこの塚で遊んでいるからです。アテルイは子どもをとても大事にしたやさしい人だったと思います。そうでなければ自分の命と引き換えに日高見国と人民の命を守ることはしなかったはず。

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アテルイとモレの塚(筆者撮影)

ここはもともとアテルイの先祖・ナガスネヒコが守っていた土地。神武天皇が来てから東北に追いやられたのです。だからアテルイにとって先祖の故郷の地で埋葬されたことはせめてもの救いだったのかもしれません。桓武天皇はアテルイの怨霊を恐れて京都から外れた河内にアテルイを封じたのです。その土地を鬼門として。

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『日本紀略』

坂上田村麻呂はともに戦ったライバル阿弖流為の助命を桓武天皇に懇願しました。この戦の不条理さを最もよく知っていた坂上田村麻呂は、アテルイたちが鬼などではなく同じ人間として生きていることを朝廷の中で誰よりも知っていたからです。彼らは誰よりも平和を愛する民だったことを。

しかし公家たちは、その願いを聞き入れませんでした。『日本紀略』にはこのような記述があります。


「野獣の心を持つものは、いつ背くか分からない。

殺してしまえ」



日本は、ことに朝廷は古来より、もともといた土着の人々を鬼として追いやってきました。前述の鬼伝説は、『風土記』ですが、記紀神話でも神武天皇が土着の豪族を滅ぼしていきました。

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宇賀神社 血原(筆者撮影)

歴史と言うのは、表に出せない悲しい史実が多く、タブーにされていることの方が多いのかもしれません。わかったことは、わたしは日本の歴史について何も知らないということだけです。けれど、ご先祖様の存在が確かにあって、命を受け継いできたからこそ、ここに存在している不思議を感じます。


わたしは東北にはあまりご縁がないのですが、青森出身の人と唯一お会いした方がいました。

15年くらい前、〇村エサさんという大正生まれのおばあちゃんがおられました。その方は青森出身でした。変わったお名前についてご本人から伺ったのは、昔は役所での出生届けは口頭で済ませたのでこんな名前になったんだ、ということでした。

青森では、

「い」を「え」

「え」を「い」


と発音するのだそうで、この方のお母さんは「イサ」と命名したのに、役所の人は「エサ」と認識したのだそうです。

じゃあ、「エサ」と言ったら「イサ」になっていたのでしょうか? 本人さんは当時の役所のいいかげんさに文句を言っておられました。


ところで福知山には鬼伝説だけでなく、

元伊勢内宮皇大神社

元伊勢外宮豊受大神社

天岩戸神社


があります。そして、宮津にあるのは

元伊勢籠神社

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元伊勢籠神社(筆者撮影)


「籠(かご)」と書いて、「この」神社。元伊勢はこの神社ですよ、とお伝えされているのでしょうか。言霊と音霊にまことを隠して暗号化するのは日本オリジナルの妙技ですね。


今、世の中は膿出し、禊ぎの時期にあり、タブーにされてきたことがどんどん明るみになっています。業界の闇が暴かれているのがリアルタイムに情報が入ってきますね。

ところで、ドエライことになってしまう「タブー」をここでひとつ・・・。

青森の方言で伊勢と言ったら、どうなりましょうか!? 青森方式で「い」を「え」に変換すると、現在の伊勢は・・・「〇〇」!?



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by new-jomon | 2019-08-08 20:01 | 日本の歴史を蘇らせる | Comments(2)

ニギハヤヒ命に捧ぐ

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わたしは一連の記事でニギハヤヒノミコトについて書かせていただいてまいりました。本当に恐れ多いことですが、自分の中で最もやりたいことは、この神様についてのことを書かせていただくことだったのです。


何で神様のことを書かせていただくようになったのだろうと改めて振り返りますと、「思い出したから」という一言に尽きると思います。


わたしは霊能力も超能力も霊感もなく、霊媒体質でもありませんので特別な能力はありません。ただ、たまたま生まれ育った土地が神話に出て来るニギハヤヒの本拠だったことをつい2年前に知ったことがきっかけで様々な体験をしてきただけです。


わたしは二年前までまったく神様に興味がなく、神社参拝もほとんどしませんでした。むしろお正月の初詣は行きたくないとさえ思っていたくらいです。そんなことですから、御守りもお札も自分には必要ないと思うくらいまったく興味がありませんでした。なぜかというと、神道も宗教だと思っていたからです。


わたしは13年ほど前に、老子の「道徳経」を読んで衝撃を受けた後に、ある神官の方と出会いました。この先生はまさに現代の老子のような方でした。熊野に源流がある代々神官を務めてこられた方で、鈴木という苗字でした。ずっとあとで知ったのですが、鈴木氏の神官の家系は物部氏の分流だったのです。鈴木先生はわたしに


「やっと出逢えた。あなたはわたしの前世の娘です」


とおっしゃったのですが、それが何の疑いもなくわたしもそうだと感じたのです。


鈴木先生は宗教弾圧を受けておられました。わたしは最初そのことの意味が分かりませんでした。鈴木先生は先々代の神官、つまりおじいさんと霊線がつながっていろいろ教わったのがきっかけで、神道界の在り方自体が本来とは異なることがわかったのだそうです。


おじいさんは霊的存在になってはじめて、宇宙の法則どおりの世界の仕組みがわかったのだそうです。宗教界が教えてきたことはすべて「嘘」だったということを鈴木先生のおじいさんは孫の鈴木先生に伝えてこられたのだそうです。今まで人間がつくって来た「宗教」は嘘。しかも本来宗教ではない神道まで例外ではなかったのだと。


鈴木先生は相当悩まれたそうです。それはそうだと思います。代々神官の家系でありながら、神道さえも「嘘」だとおじいさんに知らされたことで、ご自分が築いてこられたこれまでの価値観、人生観、宗教家としての立場のすべてがひっくり返されることになったのですから。


鈴木先生は、おじいさんから宇宙の法則どおりの仕組みを教わったのですが、それはご自分が所属しておられる神道の組織の在り方とも異ってしまうため、今までお世話になって来た組織の神官の方々に迷惑がかからないように組織から出られたのです。


知らされたこの世の仕組みはある法則においてすべてが秩序通りに仕組まれているということ。しかし人間の都合によってその秩序が乱され、現代社会は乱された秩序の上に成り立ってしまい、さらに価値観の多様化ということが正当化されてしまいました。すべては無知ゆえの結果だとはいえ、誰も法則や秩序のことを教えられる人がいなくなってしまったのです。


わたしは鈴木先生から数年間にわたって薫陶を受けてまいりました。なぜかわからないのですが、先生の教えのすべてが「わかる」のです。わたしは学校の勉強はよくわからなかったのですが、先生の教えは一を聞いて十を知るというくらいわかったのです。


そんな中、実の父親が亡くなりました。しばらくしてから亡くなった父が夢に出てきました。父はわたしにこう言いました。


「あの先生は本物だから、今後なにかあったら先生に相談するように」と。


わたしは鈴木先生が前世の父だということは本当だったのだとこのときわかったのです。


実の父は宗教嫌いでした。宗教に入信したら絶縁するとさえ言っていたくらいです。わたしの夢に父が出て来て言ったことを鈴木先生にお伝えしました。そして父が宗教嫌いだということもお伝えすると、先生は


「お父さんは正しい」


とおっしゃり、


「宗教家は詐欺師だ。詐欺師が言うのだから本当だよ」


とことあるごとに言っておられました。


わたしは鈴木先生からいろいろ教わっているけれど、日本の神様のことを知らなかったので伺ったことがあります。しかし先生は、


「日本の神様のことについてはよく知らない」


とおっしゃったのです。熊野が源流の代々神官を務めてこられた血筋の方だというのに、変だな?と思いましたが、まあいいかと深く詮索することはありませんでした。


二年前、子どものころから遊び場所だった石切神社に呼ばれたような気がして行ってみたら、そこの神様が「にぎはやひのみこと」だとはじめて気づかされました。それまでここの神様は「でんぼの神様」としか知らなかったのです。


ニギハヤヒの命はもともと地元の神様だったのですが、アマテラスの子孫である神武天皇にその土地を譲られた神様です。神話を初めて読んでみると、鈴木先生に教わった法則に反し秩序が著しく乱されていることに気づかされました。


そしてそのときに、自分が生まれ育った土地がニギハヤヒとナガスネヒコの本拠地で、神武天皇とナガスネヒコが戦った古戦場だったということにはじめて気づかされたのでした。



神話には知っている地名が出てきます。その地名が明らかに改ざんされていることに気づき始めたことから神話のストーリーそのものがねつ造されていることに気づいたのです。なぜなら太陽の神様がおんなのかみさまであること、皇后が天皇になってしまったことが秩序を逆転させてしまっていたことに気づいたからです。しかしそのことを認めたら神道界が根底から覆ってしまいます。なぜなら神道は神話にもとづいて神様を祀っているのですから。そして天皇制自体が問われることになります。


わたしはこのときはじめて、鈴木先生が「日本の神様のことはよく知らない」とおっしゃった理由がわかりました。現在において神道の組織は女神のアマテラスを頂点にした国家神道となっており、神社庁の傘下に全国の神社が位置付けられ上納金を納める仕組みとなっています。その資金は20年ごとに行われる式年遷宮のために使われるのです。ちなみに神社庁とは国の公的機関ではなく、一宗教法人です。


わたしは鈴木先生が神道の組織から脱退して、代々鈴木家が守って来た神社を他の方に任せたとお伝えされた理由がやっとわかりました。先生は、


「このままでは日本人は滅びてしまう。だからあなたが人々にこのことを伝えて欲しい。これから本当のことを伝えていくのは宗教家ではなくあなたのような一般の人だ」


とおっしゃいました。


わたしは先生に教わったことをまず自分自身が実践しました。これは日常生活上のことであり家族との関わりについてのことです。けれどこのことを人に伝えても現代の価値観に染まっているため、たいていは受け入れてもらえません。しかし秩序に反している方の家庭はたいていが不和に陥っていました。だから何とかお伝えしたいのですが、このことをわかってもらうにはどうしたらよいかを考えました。


わたしは神話がねつ造されていること、神様の系図が書き換えられ立場と順序が逆転していること、歴代天皇が秩序に反してきたことを、先にお伝えした方が良いかもしれないと思い、書きづづってまいりました。これはなんのしがらみもない一般人だからできたことだと思います。


すると偶然にも、平成の御代に天皇になり代わって御神事をされてこられた日本神界の神々を統べる神業師様と出会ったのです。それが一年半くらい前です。その方は、


「わたしは神社とも宗教とも無関係で、既存の神社の在り方ともまったくちがいます」


とおっしゃっていました。この方は艮の金神様の御意思の通りに動いておられたのでした。そしてこの方も血筋の方でした。


わたしは何も知らずに神業師様の御神事に導かれ、八百万の神々、歴代天皇の御魂とご同席させていただきました。神業師様は、普通の人はこの場に来ることはできませんとおっしゃったのですが、そのときのわたしはなぜ自分がそこに導かれたのかよくわかりませんでした。


けれど、わたしはその数週間前に神武東征の古戦場、昭和の裏天皇・安岡正篤先生の旧宅、ナガスネヒコ本拠の碑を訪れていて、なぜか大神(おおみわ)神社の三輪山とアテルイの首塚に行かなければいけないと感じていました。


神業師様は御神事の数日前に、青森のキリストの墓、東北で封印されていたアラハバキ神三柱の封印を解除され、熊野にご参拝後、大神神社(三輪山)に参られその翌日にわたしと初対面させていただいたのでした。


そしてわたしはその方から大神神社のご神水をいただいたのです。そして驚くべきことに、その場にアラハバキ神三柱を召喚されたのです。八百万の神々、歴代天皇の御魂もご同席されておられる空間に。


そして神武天皇とナガスネヒコ、ニギハヤヒのこと、三輪山のこと、アテルイの首塚のことなど、わたしが今まで直観を得て行動してきたことと同じことをおっしゃったのでした。


そして国之常立命、大国主を神降ろしされ、この二柱がアマテラスに大変お怒りになっていたこと、


素戔嗚命の復活の儀にて長きにわたって仕掛けられてきた封印から解除され、素戔嗚命に呪いが仕掛けられていたことを知らされたのでした。


あとで分かったことは、素戔嗚に仕掛けられた呪いとは呪詛です。呪詛とは記紀神話のことです。


わたしはかねてから記紀神話は飛鳥時代の集合意識を構築するプログラミング(呪詛)であることを洞察していました。だから日本の神話を正しく書き換える必要があると感じていたのですが、神業師様も同じことをお考えだったのです。


そして、天の岩戸開き神事はすべての神道開始における神道奥義であり、天の岩戸開き神事のやり直しが必要だということを知らされました。わたしはそのことに深く納得しました。


そして神界を再構築して神々の統廃合が必要になっていくとおっしゃっていました。


たまたま今年の夏至の前日にユーチューブで「夏至と玉置家」という動画が上がっていました。占星術家マドモアゼル・愛先生の20年前の体験談でした。愛先生は、熊野にある玉置神社のもともと代々神官をされていた玉置家のおばあちゃんに大変なおもてなしを受けて、実際に会話されたことを話されていました。




玉置家は、熊野の神官を代々任命してこられたという、熊野の神官の中で最も格上の家系だったのです。しかし神社庁によって神社を統括されるようになってからは、玉置神社は玉置家ではない方が神官をされるようになったのだそうです。だから今は玉置家と玉置神社とは関係がないのだそうです。しかし、玉置家のおばあちゃんは、


「玉置家はニギハヤヒの直系です」


とはっきりおっしゃったそうです。熊野古道を含めた熊野全域は玉置家の領地だったのだそうです。


玉置家のおばあちゃんは、

ニギハヤヒは神武天皇よりも前の天皇であったこと、

ニギハヤヒはお金と軍事面でアマテラスを裏から支えたこと、

ニギハヤヒはケチなことがきらいな神様であるということ、

ニギハヤヒは富士山と深い関係があること、

そして神武天皇と戦ったナガスネヒコが朝敵にされているのは完全な誤解である

ということをおっしゃったそうです。


なぜ、わたしは夏至の前日にこのことを知らされたのでしょう・・・。


*** *** *** ***


わたしは現在、人と地球をきれいにするある日用品を考案しています。わたしはある大阪の業者さんと打ち合わせをすることになったのですが、日取りは業者さんご希望の22日でした。22日といえば夏至です。


会社は自宅からずいぶん遠いところにありました。なんと最寄りの駅はここでした。
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加美駅(筆者撮影)



かみ・・・。どうやらわたしがここへ来ることになっていたのは神の導きだったようです。そして会社から十数分歩いたところには・・・。

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勝軍寺(筆者撮影)


聖徳太子&蘇我馬子vs物部守屋公の古戦場、勝軍寺が。

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勝軍寺(筆者撮影)


ここには推古天皇の摂政を務めた、

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勝軍寺(筆者撮影)

聖徳太子、

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勝軍寺(筆者撮影)

空海さん、

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勝軍寺(筆者撮影)

役行者さんがいらっしゃり、

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勝軍寺(筆者撮影)


仏教派の聖徳太子側と戦った、

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勝軍寺(筆者撮影)


神道の宗家・物部守屋公の首を洗ったと伝えられている守屋池がありました。

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物部守屋公墳墓(筆者撮影)


そのすぐ近くには物部守屋公の墳墓がありました。ここは明治時代に整備されたとのこと。

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物部守屋公墳墓(筆者撮影)


物部守屋公が中央主権・国家神道である神社庁の玉垣を筆頭に、

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物部守屋公墳墓(筆者撮影)


日本の名だたる有名神社の名が刻まれた玉垣の数々に囲まれているのは、

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物部守屋公墳墓(筆者撮影)


奉じられているのか、封じられているのか・・・。

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物部守屋公墳墓(筆者撮影)


ここは、

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物部守屋公墳墓(筆者撮影)


アマテラスを最高神とする国家神道の神社と

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物部守屋公墳墓(筆者撮影)


物部氏の始祖である

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物部守屋公墳墓(筆者撮影)


ニギハヤヒ命を

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物部守屋公墳墓(筆者撮影)


祀る神社が

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物部守屋公墳墓(筆者撮影)


両輪のごとくに

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物部守屋公墳墓(筆者撮影)


その名を連ねています。

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物部守屋公墳墓(筆者撮影)


物部氏を滅ぼして神道を牛耳った藤原氏と

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物部守屋公墳墓(筆者撮影)


ニギハヤヒを封じた鬼門封じの神社、

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物部守屋公墳墓(筆者撮影)


神社庁に加入せず、ニギハヤヒの神名で祀る神社、

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物部守屋公墳墓(筆者撮影)


ニギハヤヒの神名を隠して祀る神社の数々。

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物部守屋公墳墓(筆者撮影)


ここが神社の総本山であることは明白。

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物部守屋公墳墓(筆者撮影)


なぜ伊勢神宮ではなく物部守屋公墳墓に全国の有名神社の名を連ねているのか。秩序を逆転させた神話に基づいている国家神道はニギハヤヒを封じておかなければ成り立たない。奪い合いの世界を構築するためには、与え合いの世界をつくってきた神を封じておかなければならないから。それは裏を返せばニギハヤヒは最も崇敬を集めているということでもあるのです。

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物部守屋公墳墓(筆者撮影)


なぜニギハヤヒは夏至の日にわたしをここに導いたのでしょう。いつものように偶然を装ってメッセージを暗号化して。

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加美駅(筆者撮影)

わたしはニギハヤヒが大好きなのです。この神様のお役に立てるのなら喜んではたらかせていただきたいと思うのです。ナガスネヒコが最後の最後までニギハヤヒに忠誠を尽くしたように。


わが国で最大の国賊にされてきた家臣のナガスネヒコの正体がニギハヤヒの妻神であり、もっとも封じられてきた瀬織津姫だと直観してからというもの、なぜか瀬織津姫が艮金神で、ニギハヤヒは国之常立命なのかもしれないと感じるのです。この両神が一体となったとき、逆さまになってしまった世界がもとに戻されるのではないかと。

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出雲大神宮(筆者撮影)

なぜそう感じるのかというと、日月神示、大日月地神示を降ろされたのは艮金神であり、国之常立命だからです。わたしは鈴木先生を通してニギハヤヒの教えを教わっていたのかもしれないと思うのです。わたしはこのことを人に伝えてゆかなければならないと改めて思いました。そしてわたしがご神事で神業師様にご降臨された国之常立命様のお言葉を聞かされたのは偶然ではないと感じています。




夏至を過ぎて、このことを書かせていただいたのも、何らかの意味があったのでしょう。夏至から数日間は宇宙から強力なエネルギーが降り注ぎます。この期間中に大阪でG20が開催されます。

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新たな文明の拠点エリアで開催されるということが神計らいであることは明白です。今後はさらにニギハヤヒと瀬織津姫の神力が増していくと感じています。




今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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by new-jomon | 2019-06-24 14:11 | 自己開示・神化への道 | Comments(2)

三、国之常立命に会いに行く。

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つらく苦しい体験の継続は、現在の自分の在り方が調和していないことを教えてくれているメッセージです。そのときは自分が発している自我を精査して見極め、何が現状を不調和にしているのかを知ることが大事です。これを内観といいます。

直観ー決心ー実践行動は自我を介入させないことが大前提です。よって、直観を受けるためには自我意識を統合意識に変換しておくことが必須作業となります。自我意識とは、五感のみで判断すること、先入観、概念、固定観念、過去の経験、希望的観測、負の感情、裁き、被害者意識などです。これらはこれまでの地球の文明文化によって形成されてきた人間の経験的な思考回路です。この思考回路は宇宙の回転とは逆回転であるため、宇宙と同調できません。そのため、この地球の社会的・常識的な知識と経験則に基づいた論理的な考え方は宇宙と逆回転の思考回路であるために、地球上のあらゆる問題が改善されないのです。

個人レベルの自我意識の変換は個人で実践可能なので、世界を変えることはできなくても、自分の外部ホログラムを変更することは可能です。自我を統合意識に変換する作業は、瞬間瞬間の思い、言葉、行動をスキャンしつつ、極力自我を出さないということです。これらはすべて自問自答形式、セルフトレーニングです。(ただし守護霊さんをはじめとした高次の存在にはすべてお見通しです)

この作業の初期は不断なる自我との闘いです。中期は自分を常に客観視できるようになり、自我に気づいて変換作業ができるようになり、神の目で自分を観られるようになります。上達してくると直観が入り出し、素直に実践行動することによりシンクロニシティの連続となってまいります。直観の正確性が高くなってきます。この頃になると、不断なる自我との闘いから、連続した感謝の思いに変わっていることに気づくのです。すべては与えられていることに、感謝が沸き起こるのです。

そして三次元にいながらにして、高次領域からのサポートが入った瞬間がわかるようになります。見える世界で動いている自分と、見えない世界からサポートしてくださっている存在との協同作業であることがわかるようになるのです。そこへ自我が介入してしまえば、物事が進まなくなり押しても引いてもどうにもならなくなります。そこで自我に気づかないと、「早く気付いてください。これはメッセージです」と、きつい体験をさせられてあらゆる手段でゆさぶりをかけられます。

しかし、気付いて自我を変換して決心してしまえば、ガラッと外部ホログラムが変わります。驚くほど見事に「それ」がわかります。それは高次領域から「サポートに入りました」というメッセージでもあるのです。

このことは何ら知識がなくても実体験すればわかります。これらには知識の詰め込みは何の役にも立ちません。悟りたいエゴに基づく修行も不要です。特別な能力開発というのとは無関係です。誰かに能力を授けてもらうというのもありません。よって、大金をつぎ込んで身に付けられるものではありません。タダで実践可能なのです。だだし、情けは一切ありません。

直観ー決心―実践行動は、宇宙すべてにいきわたる法則なので、永遠にこれの繰り返しとなります。そしてどんな段階にあろうとも、すべて共通なのが、「自分よりも未熟な存在をサポ―トする」のが宇宙のしくみです。ミクロからマクロまで。そしてすべての存在が究極の宇宙意識へと進化を遂げてゆく、というのが宇宙の計画とのことです。

今回の記事は二、素戔嗚命に会いに行く。のつづきです。

出雲大神宮(筆者撮影)
出雲大神宮(筆者撮影)

ここから先は、国之常立命さまの御神体である磐座群があります。聖域なので社務所でたすきをお借りして入山することになっています。

出雲大神宮(筆者撮影)
出雲大神宮(筆者撮影)

磐座群


この磐座群は、


御神体山「御影山」に鎮まる

國常立尊の象徴として

皇祖より一万年以前から

この地に鎮まっております。

伝承によりますと、

國常立尊は


丹波国の桑田の宮に

天の御舎を立て、

ここに御遷りになられたことが


述べられております。

今尚、


禁足の地であるこの磐座は、


まさに國常立尊の聖蹟であると


伝えられます。

出雲大神宮(筆者撮影)
出雲大神宮(筆者撮影)

『日月神示』

キの巻

第九帖


世界一平に泥の海であったのを、


つくりかためたのは


国常立尊であるぞ、


親様を泥の海にお住まひ


申さすはもったいないぞ、


それで天におのぼりなされたのぞ。


岩の神、


荒の神、


雨の神、


風の神、


地震の神殿、


この神々様、


御手伝ひで


この世のかため致したのであるぞ、


元からの竜体持たれた荒神様でないと


今度の御用は出来んのざぞ、


世界つくり固めてから


臣民つくりたのであるぞ、


何も知らずに上に登りて、


神を見おろしてゐる様で、


何でこの世が治まるものぞ。


天と地の御恩といふことが


神の国の守護神に


判りて居らんから


難儀なことが、


愈々どうにもならん事になるのぞ、


バタバタとなるのぞ。


臣民 生れおちたら


ウブの御水を火で暖めて


ウブ湯をあびせてもらふであろが、


其の御水はお土から頂くのざぞ、


たき火ともしは皆


日の大神様から頂くのざぞ、


御水と御火と御土で


この世の生きあるもの

生きてゐるのざぞ、


そんなこと位

誰でも知ってゐると申すであろが、


其の御恩と云ふ事知るまいがな、


一厘の所 分かるまいがな。


守護神も曇りてゐるから


神々様にも早うこの神示読んで

聞かせてやれよ

出雲大神宮 御影山(筆者撮影)
出雲大神宮 御影山(筆者撮影)

『日月神示』

五十黙示録

星座の巻

第四帖



 人民もの言へんことになると


申してありたこと近うなったぞ、


手も足も出んこと近づいたぞ、


神が致すのでない、


人民自身で致すこと判りてくるぞ。


人民の学や智では


何とも判断出来んことになるぞ。


右往左往しても、


世界中かけ廻っても何もならんぞ、


判らんでも


判りた顔せねばならん時が来たぞ、


ウソの上ぬり御苦労ぞ、


人民がいよいよお手上げと言うことに、


世界が行き詰りて


神のハタラキが現れるのであるぞ、


日本人びっくりぢゃ、


日本人はいくらでも生み出されるが


日本の国は出来まいがな、


身体中、


黄金(こがね)に光ってゐるのが


国常立大神の、


ある活動の時の御姿ぞ、


白金(しろがね)は


豊雲野大神であるぞ、


今の科学では判らん。


一万年や三万年の


人間の地上的学では判らんこと、


国常立大神の


この世の肉体の影が


日本列島であるぞ、


判らんことが


いよいよ判らんことになったであろうが、


元の元の元の神の申すこと


よく聞きわけなされよ、


神の学でなければ


今度の岩戸はひらけんぞ。

出雲大神宮 御影山(筆者撮影)
出雲大神宮 御影山(筆者撮影)

2016年8月にHPを立ち上げたときには天地開闢(かいびゃく)の神であり、日本の国体そのものである国之常立命さまにご参拝させていただくことになろうとは夢にも思いませんでした。それから2年経った今、この記事を書いている。生まれ育ったところが神話の舞台であったこと。その神話がねつ造されていたこと。5度の岩戸閉めがあったこと。いろいろ気づかせていただいて導かれたご神事で、国之常立命さまが日本人の堕落ぶりに肚の底からお怒りになっておられることを知らされたのです。

その後に国之常立命さまの『日月神示』にたどり着いて、探求してきたことへの答えが示されたのでした。

出雲大神宮 御影山(筆者撮影)
出雲大神宮 御影山(筆者撮影)

出雲の神は国譲りの神。神話時代に大国主の国譲りがあり、ニギハヤヒの国譲りがありました。神話が書かれた飛鳥時代のプログラムが次々に現象化し、唐や半島をはじめとした諸外国人が日本の国譲りを目論んで次々に日本に入ってきました。



イギリスが日本の下級武士を取り込んだのが明治維新。イギリスの知識を学んだ彼らによって日本の仕組みは大きく変えられ、昭和にはアメリカが天皇を取り込んで日本はアメリカの属国になった。アメリカは天皇本来の「神道の最高神官」という役職から、「日本の象徴」というよくわからないスタンスに位置付けたのです。

GHQは日本人の霊性を封じ、意識レベルで日本人を支配することに成功したのです。神と人が分離して物質世界しか見えなくなった日本人をコントロールすることなど容易いのです。

出雲大神宮 御影山(筆者撮影)
出雲大神宮 御影山(筆者撮影)

国譲りした縄文の神は、いつか必ず日本人が目覚めてこの国を取り戻す日が来ることを待ちに待ってこの国の行く末を見守ってこられたのでしょう。

五度の岩戸閉めが繰り返され、さらに戦後の日本は欧米化によりことごとく秩序が乱されました。それでも神様は日本と日本人を守り続けてくださったのです。


「もう待てぬ。神はもう、十分に待った」


という神様の御意思に同調するように、2018年になってから地球レベルの変化が加速度をつけて顕著になってきました。

すべての人々に説き導いている時間はもうない。だから気づいた方々の意思で自ら意識変換され実践行動されることを信じるしかないのだと思います。

難しいことは何もありません。神様の裾につかまって何が何でも次の次元に上がらせていただきたい思いがあれば、必ず意識変換できるはず。

ただただ神に同調すればよい。

ただし神は愛そのもの。自我なき愛それ自体。自我は愛に同調できないので、自我のままいては次の次元に進むことができないのです。

あらゆる執着を手放せばいい。これまで蓄積してきたあらゆる観念、感情を解き放てばいい。自分の中から沸き起こる「こうではないかな?」というメッセージに素直になればいい。小さな子どものようになればいい。

出雲大神宮(筆者撮影)
出雲大神宮(筆者撮影)

神様とはすでに自分の中にあることを想い出せばいい。そうすればいつでも神様を感じることができる。自分を産んでくれたのは神様なのだから。

心の底からあふれ出る熱烈な神へのあこがれ、恋い焦がれるような強烈な思い。四六時中神様とつながっていることを感じていられるとき、神様と一体になっている。そのとき自我はどこかへ消えてしまっているのです。

そうなれば神様はつねにインスピレーションを与えてくださる。明確な導きを示してくださる。あとは神様の御意思のままにしたがえばいい。

出雲大神宮(筆者撮影)
出雲大神宮(筆者撮影)

神は光そのもの。自分の中の闇を打ち消してしまえば、つねに心は光で満たされていて、ネガティブな思いが沸き起こることもない。

見える世界が違って見える。すべては自分に教えてくれるためにその体験を与えてくださっているのだと感謝してしまう。それがどんなに厳しい状況であろうと、自分の内側が生み出した結果なのだと受け入れることができるのです。進化への道は単純だけれど、難しいと感じるのは自我があるから。



次回につづきます。

今回もおめどおしくださりありがとうございました。

お気に入りにいれていただけましたらうれしいです。


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令和のはじまりとともに眠っている魂をゆさぶるためにこのブログを書いています。
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by new-jomon | 2019-06-08 01:11 | 神々の世界を蘇らせる | Comments(0)

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