太陽は男、月は女。地球に貼りついた嫉妬が世界を滅ぼす。
2019年 11月 12日
ウシトラ金神とスサノオ命。
2019年 11月 07日

スサナルの尊、
.
みな思うておる神様とは
.
ちと違うぞ。
.
この神様、
.
地の大神様であり、
.
世の元からの
.
生き神様であるぞ。
.
そのこと
.
取り違え
いたしておりては、
.
人民靈人みな
.
大神様に申し訳ないぞ。
.
早うそのこと
分かって下されよ。
.
これまで世に出ました
神の話は、
.
ほとんどが
.
悪神様らの
お仕組みであったのぞ。
.
しかし、
.
これからは改心いたし、
.
まことの世の礎と
.
成りなされたので
あるがゆえに、
.
靈人殿、
.
人民殿、
.
早う改心結構であるぞ。
一人でのお役
.
大変であるゆえに、
.
ここに縁ある者みな
.
仕組みてあったことで
あるがゆえ、
.
それぞれ改心いたし
.
神の容れ物と
.
成りなされて下されよ。
.
世に出ております
お偉いさん殿、
.
いつまでも嘘は通らんぞ。
.
一日も早う改心結構。
.
金の世は済みておるのじゃぞ。
.
金でこの世潰す計画
立てておった
.
神々様も
.
改心いたしたぞ。
.
ゆえにその仕組み
.
いつまでも
信じておる靈人殿、
.
人民殿、
.
早う目醒まして下されよ。
.
みな大切なお役目に
いたすゆえに、
.
事分けて聞かすのじゃから、
.
何事も心配するでないぞ。
.
これが、
.
神一厘の
仕組みてあることの
.
始まりじゃ。
大日月地神示
「い」の巻

片埜神社(筆者撮影)
.
艮金神とは、
.
素戔嗚大御神様の
.
お移り変わりで
.
ありますのじゃぞ。
.
皆のために罪被り、
.
地となりて
.
この世
.
お見守り下さっておられます、
尊き御神様でございますぞ。
.
大御心そのままに
.
お映りなさり、
.
お顕れになられております
.
神々様、
.
みな大神様の
.
神子でございますぞ。
.
神とは、
.
そなたらの御魂、
.
生命育んできた
.
天地でありますのじゃ。
.
すべてが大神様であり、
.
大神様の中に神々様おられ、
.
その中に
.
そなたら靈人おるのじゃから、
.
改心なさったら順忘れず、
.
そなたらの肉体
.
大事になされよ。
.
肉体は、
.
地の大神様の肉体
.
預けておる容れ物。
.
そなたらの物では
.
ないのじゃから、
.
このこと
.
忘れてはならんから、
.
大事になされよ。
「と」の巻

片埜神社(筆者撮影)
、、
これからが
、
、
そなたらの申す
、
、
三千世界の礎を
、
、
築きあげてゆく
、
、
誠の時でありますぞ。
、
、
準備は既に出来ておるから、
、
、
実際にお生み下されよ。
、
、
何をどうすればよいか、
、
、
自ずと
、
、
守護靈殿に申しておるから、
、
、
靈、人、共に
、
、
仲良ういたし下され。
、
、
では、
、
、
一つ一つ申すゆえ
、
、
お聞き下されよ。
、
、
ひとつ、
、
、
人民が何ゆえ
、
、
こうして揉めておるのか、
、
、
原因を知って下され。
、
、
ひとつ、
、
、
みな喜び勤しんで暮らせる
、
、
世のお仕組み、
、
、
創りおうて下され。
、
、
ひとつ、
、
、
靈、人、共に歩むこと、
、
、
まず一番大事にいたし下され。
、
、
ひとつ、
、
、
これからは宇宙の靈人殿、
、
、
人民殿とも
、
、
仲良ういたし下され。
、
、
ひとつ、
、
、
愛することを
、
、
一番大前提にお暮し下され。
、
、
ひとつ、
、
、
生みの親は地の大神様、
、
、
育ての親は天の大神様、
、
、
地の大神様であること、
、
、
忘れんようお暮し下され。
、
、
ひとつ、
、
、
艮金神様、
、
、
素戔嗚大神様と
、
、
表裏であるゆえ、
、
、
同じ神として
、
、
祀ろうて下され。
、
、
ひとつ、
、
、
みな話をせんでも
、
、
互いに思うておること
、
、
分かるようになるゆえ、
、
、
口謹んで心広げて下され。
、
、
ひとつ、
、
、
みな仲良う暮らす仕組み、
、
、
みなで創りおうて下され。
、
、
ひとつ、
、
、
世の立て替え、
、
、
神と靈と人とで
、
、
うれしうれしといたし下され。
、
、
ひとつ、
、
、
それぞれの神
、
、
祀ること大切であるが、
、
、
大日月地大神と
、
、
まず祀ろうて下され。
、
、
ひとつ、
、
、
世のためよく働き、
、
、
よく笑い、
、
、
よく愛しおうて、
、
、
うれしうれしとお暮し下され。
、
、
ひとつ、
、
、
金は要らぬ世となるから、
、
、
今までの教えみなすべて、
、
、
掃除洗濯いたし下され。
、
、
ひとつ、
、
、
みなを愛することの意味、
、
、
よく考え歩まれ下され。
、
、
これからみな
、
、
生まれ変わるから、
、
、
今までの教え
、
、
みな一度捨てて、
、
、
新し世の考えお映し下され。
、
、
真の神世となるから、
、
、
皆々、
、
、
すべて分かるようになるから、
、
、
恥しくないよう
、
、
みな大事になされ。
「に」の巻
、

、
艮金神
変わりて
、
艮金大神
変わりて、
、
艮日月地大神。
艮、世直しの元の元。
、
東北の国、
、
古の教え眠りから醒めて、
大きく動き出しますぞ。
大日月地大神大靈団御靈


日本魂の復活は英雄神の汚名を払拭すること
2019年 11月 05日




















天皇の統合宣言により裏を開示して参ります。
2019年 10月 27日




即位礼正殿の儀と神々の祝福
2019年 10月 23日



















日本は神々と表と裏の天皇に守られている神の国
2019年 10月 13日


不動明王と夫婦善哉。
2019年 09月 14日



















③嫉妬の正体は「フヒトの仕組み」だった!
2019年 08月 22日

『記紀は呪詛~天皇誕生物語~』
監督・脚本
藤原史
出演
神武天皇:天武天皇。
アマテラス:持統天皇。
ナガスネヒコ:瀬織津姫。
ニギハヤヒ:饒速日命。

テーマ
=新しき世は神から人へ=
我が国に新たな王が誕生した。
神になり代わりこの国を統治する初代日本の王。
それは天皇。
これからは外国の最先端の文明を取り入れ、
外国に負けない先進国になるのである!
8世紀からの建国物語のはじまりはじまり~。
さて、ニギハヤヒの方法論とは正反対の方法論で国の運営がはじまりました。まずは国家事業計画書を書かなければなりません。701年に大宝律令が制定されましたが、時の天皇は持統天皇。もちろんフヒト先生が「大宝律令」に関わりました。
そして、国家事業の方法論を確立するには、日本がどのようにして創られたのかという歴史書が必要です。それが記紀です。
記紀は天武天皇の代に編纂を命じられたとされていますが、天武天皇はまもなく崩御され、歴史書を目にされることはありませんでした。

「大宝律令」は701年に持統天皇に献上されました。
『古事記』で712年に元明天皇に献上され、『日本書紀』は720年に元正天皇に献上されました。
いずれの天皇も女帝です。天皇だった夫が亡くなったから皇后が天皇になったのですから未亡人です。
さあて、女帝のフィクサーはだあれ?

有名無力、無名有力。
これは古代中国の教えであり、昭和の黒幕・安岡正篤(まさひろ)先生のモットーでした。

そして飛鳥時代の黒幕・藤原不比等先生もそれをモットーにしていたのでしょう。フヒトさんに思いを馳せるとなぜかどうしてか安岡先生のご存在が浮かび上がってくるのです。安岡先生は天才でした。フヒト先生もまちがいなく天才だったと思うのです。ただ、同じ天才であっても安岡先生と違っていたのは正反対の方法論で国を動かした方だったということです。

天武・持統天皇夫妻は日本の神話に登場する神のモデル像になった天皇です。
物語というのは、何を書いても許されるのです。小説家は殺人事件をいくら書いても逮捕されません。小説がベストセラーになれば映画化され、架空の人物が実在性を帯びてきます。シリーズ化が何十年も続いたら、キャラたちは人々の集合意識によって完全に生きた存在となります。そして原作者が死んでも作品は半永久的に語り継がれ、何百年も人々の記憶の中でキャラクターは生き続けるのです。
思いが先、現実化は後。
この原理を知っていたら、日本を思いのままに動かすことができる。このことをフヒト先生は当然ご存知だった。

『大宝律令』は唐の律令制度を倣って日本に初めて導入された、天皇を頂点とする政治体系です。唐の文化を取り入れた法律と、初代天皇を誕生させた歴史書との両輪で天皇の存在を絶対的地位に位置づけたのですから、国家事業計画は万全です。そして都は唐にならって作られた「藤原京」でした。

そういえば、藤原史さんの娘が藤原宮子。藤原宮。藤原フヒト先生は、持統天皇の孫・文武天皇と自分の娘を結婚させることをずっとお望みだったのでしょう。そしてその暁には、藤原姓を名付けた首都を造成することを夢見ておられた。


『ファジョン』より
故国を失って渡来してきた藤原氏は、こうして絶対的な地位を確立することに成功したのです。






『大宝律令』も『古事記』『日本書紀』も献上したのが女帝です。持統天皇は実権を握った女帝だといわれていますが、実際は最高責任者にすべてフヒト先生が関わっていた可能性は絶大です。

四代目女帝・持統天皇
701年『大宝律令』
五代目女帝・元明天皇
712年『古事記』
六代目女帝・元正天皇
720年『日本書紀』
編纂者
藤原史(不比等)
(720年没)
唐の律令制度にならって王を頂点とする仕組みを日本に取り入れたのが『大宝律令』でした。これにより土地も人もすべて天皇の所有物になりました。初代天皇誕生の物語を書くことによって、天皇の存在と地位を明確にすることができます。そうすれば、天皇を頂点とした政治を正当化し、これまで古代豪族が取り決めて来たまつりごと一切とは違うシステムを立ち上げることができる。


フヒト先生、初代藤原氏なんですよ。さすがです。初代や創業者となれる方は、やはり偉大なんです。器が大きくなければ後世まで名を残すほどの偉業を為すことはできません。初代藤原氏は天皇の側近として国を裏から動かす確固たる座を得、後世にわたって栄える藤原時代の道筋を切り開いたのでした。
ただ、安岡先生と同様、天皇の側近であってもその方法論は正反対だったのが大きな違いです。ここが重要なポイントなのです。

安岡先生は宇宙の仕組みに沿った方法論で昭和天皇の「終戦の詔勅」を書かれました。
【ニギハヤヒ命】に導かれて②「終戦の玉音放送」の原稿を書いた昭和の裏天皇。
フヒト先生は宇宙の仕組みに逆らった方法論で「大宝律令」と「記紀神話」を編纂されました。

ではなぜ、フヒト先生は宇宙の仕組みに逆らった方法論を採用されたのでしょう。本来天皇とは神の意思を降ろす役目を担う血筋の男系男子。この国は神国なので、人の意思よりも神の意思を尊重して国を動かしてきました。仏教が入ってくるまでは。


藤原氏は7世紀後期の渡来人。彼らがこの国で生き延びるために、故国のシステムをこの国で確立させて絶対的地位を得ることを第一に考えました。外国人である彼らは天皇になることは絶対にできません。しかし天皇を利用すればこの国を意のままに動かすことができる。
天皇を利用するためには、女帝を立てれば自分が側近として政治に関わることができる。
そもそも天皇の仕事はご神事です。神様のご意思を世に降ろし、地上天国を実現させることが天皇の役目。神国日本は神の国。
天才フヒトは考えました。神の世界を書き替えれば人の手による政治が実現できるのではないかと。


そのためには神話を改ざんすれば思いのままだ。こんなところでしょうか。

神話は二元性の対立が物語のテーマになっています。生と死、男と女、海と山、天と地。
本来はそれぞれ一対でひとつなのです。もともと夫婦だった神々は夫婦でおはたらきになることにより、国を生むことができた。けれども片割れが死んでしまい、夫婦が別れ別れになってしまいました。



そしてイザナミは死んで黄泉の国へ行ってしまわれました。イザナギは黄泉の国でイザナミを見てしまい、魑魅魍魎の姿になってしまいました。国産み神産みという重要な女神がとんでもない姿にされています。しかも妻は夫に
「わたしの姿を見てしまったこの恨み、
あなたの国の子どもを毎日1,000人殺して復讐してやりましょう」
と、神様なのに日本人を大量殺人宣言されるのです。恨みという感情はどうも日本人には共感が得られない。そして恨みには復讐する行動様式がともなっています。記紀神話は日本人が書いたものではありません。この国は渡来人が基点をつくったために、現在も外国帰化人が法律を作っているという因縁がある。日本人から奪い続ける仕組みをつくりつづけているのです。
嫉妬がこの国を動かして来た。
ふひとのしくみで。
この国を根本から建て直すためには日本人の手で神話を書き直さなければならないのです。
現在から神話時代を書き直す。
そしてこの国の集合意識を再構築する。
これがわたしが直観を得て何度も神武東征古戦場に導かれたことでわかったことだったのです。
科学、医学、教育、政治、金融などすべてが理論によって体系づけられています。そのしくみどおりに発展させてきた現在、どの分野も八方ふさがりになってしまいました。それは、すべての理論が宇宙の回転方向と逆向きの方法論だからです。
なぜこの国でもっとも封印された女神が瀬織津姫だったのか。それはセオリーの神だから。セオリーとは理論。理論とは道理であり秩序であり法則。宇宙の法則に逆らったしくみをこの日本に持ち込むためには、セオリーの神を封じておかなければならなかったから。

けれどもう瀬織津姫は復活されました。ということは、わたしたちはこれから宇宙のしくみどおりに生きてゆかなければ存在ごと祓われてしまいます。

宇宙の回転方向に逆らうことは悪仕組み。わたしたちは神仕組みの世を体験をしたあと、悪仕組みの世を体験してきました。どちらも体験してみてどちらがよいかがわかる。宇宙は壮大な計画でこの地球を実験の場として作られました。日本人は被験者だったのです。神の遺伝子が埋め込まれた太陽の民族としてどのように生きてどのように国をつくっていくのかが試されていたというわけです。


藤のつるに絡みつかれた木は必ず枯れると言われています。

日本史は藤原史だった。

『日月神示』
碧玉の巻
第十帖
岩戸しめの始めは
ナギ(伊邪那岐命)
ナミ(伊邪那美命)の
命の時であるぞ、
ナミの神が火の神を生んで
黄泉国に入られたのが、
そもそもであるぞ、
十の卵を八つ生んで
二つ残して行かれたのであるぞ、
十二の卵を十生んだことにも
なるのであるぞ、
五つの卵を四つ生んだとも
言へるのであるぞ、
総て神界のこと、
霊界のことは、
現界から見れば
妙なことであるなれど、
それでちゃんと
道にはまってゐるのであるぞ。
一ヒネリしてあるのぢゃ、
天と地との間に
大きレンズがあると思へば
段々に判りてくるぞ。
夫神、
妻神、
別れ別れになったから、
一方的となったから、
岩戸がしめられたのである道理、
判るであろうがな。
その後、
独り神となられた夫神が
三神をはじめ、
色々なものを
お生みになったのであるが、
それが一方的であることは
申す迄もないことであろう、
妻神も同様、
黄泉大神となられて、
黄泉国の総てを
生み育て給ふたのであるぞ、
この夫婦神が、
時めぐり来て、
千引の岩戸をひらかれて
相抱き給う時節
来たのであるぞ、
うれしうれしの時代と
なって来たのであるぞ。
同じ名の神が到るところに
現はれて来るのざぞ、
名は同じでも、
はたらきは逆なのであるぞ、
この二つがそろうて、
三つとなるのぞ、
三が道ぞと
知らせてあろうがな。
時来たりなば
この千引の岩戸を倶にひらかんと
申してあろうがな。
次の岩戸しめは
天照大神の時ぞ、
大神はまだ岩戸の中に
ましますのぞ、
ダマシタ岩戸からは
ダマシタ神がお出ましぞと
知らせてあろう。
いよいよとなって
マコトの天照大神、
天照皇大神、
日の大神、
揃ふてお出まし
近うなって来たぞ。
次の岩戸しめは
素盞鳴命に
総ての罪をきせて
ネの国に
追ひやった時であるぞ、
素盞鳴命は
天下(あめがした)を治しめす
御役(おんやく)の神であるぞ。
天ヶ下(あめがした)は
重きもののつもりて
固まりたものであるから
ツミと見へるのであって、
よろづの天の神々が積もる
(と言ふ)ツミ(積)を
よく理解せずして
罪神と誤って了ったので、
これが正しく
岩戸しめであったぞ、
命(みこと)をアラブル神なりと
申して伝へてゐるなれど、
アラブル神とは
粗暴な神ではないぞ、
あばれ廻り、
こわし廻る神ではないぞ、
アラフル(現生る)神であるぞ、
天ヶ下、
大国土を守り育て給う
神であるぞ、
取違ひしてゐて
申しわけあるまいがな。
このことよく理解出来ねば、
今度の大峠は越せんぞ。
絶対の御力を発揮し給ふ、
ナギ、ナミ両神が、
天ヶ下を治らす
御役目を命じられて
お生みなされた
尊き御神であるぞ。
素盞鳴の命にも
二通りあるぞ、
一神で生み給へる御神と、
夫婦呼吸を合せて
生み給へる御神と
二通りあるぞ、
間違へてはならんことぞ。
神武天皇の岩戸しめは、
御自ら人皇を名乗り給ふより
他に道なき迄の御働きを
なされたからであるぞ。
神の世から人の世への
移り変りの事柄を、
一応、
岩戸にかくして
神ヤマトイハレ彦命として、
人皇として
立たれたのであるから、
大きな岩戸しめの一つであるぞ。
仏教の渡来までは、
わずかながらも
マコトの神道の光が
さしてゐたのであるなれど、
仏教と共に仏魔わたり来て
完全に岩戸がしめられて、
クラヤミの世と
なったのであるぞ、
その後はもう
乱れほうだい、
やりほうだいの世と
なったのであるぞ、
これが五度目の
大き岩戸しめであるぞ。
日本には古来より秩序の乱れを戒める教訓があります。
「ならぬことはならぬのです」
今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
お気に入りにいれていただけましたらうれしいです。
表と裏の天皇はひとつ。表の天皇がアメリカに懐柔されてしまったことが敗戦の原因だった。
2019年 08月 15日

『ホイットニー文書』
「二、三週間前に
占領が長く続くべきであるとの
希望を述べた根拠を説明したい。
日本人の心には
未だ封建制の残滓が
多く残っており、
それを根こそぎにするには
長い時間がかかるだろうと
感じている。
日本人は全体として、
自己の民主化に必要な
教育に欠けており、
さらに
真の宗教心にも欠けており、
そのため
一方の極端から
他方の極端へと揺れやすい。
日本人の封建的特徴の一つは、
進んで人に従おうとする性格にあり、
日本人はアメリカ人のように、
自分で考える訓練を
受けていない。
徳川政権は、
民は指導者に従うべきであり、
そのため忠誠心以外は
いかなる道理も
与えられてはならない、
という論理のうえに
築かれていた。
かくして、
平均的な日本人は、
自分で考えることにおいて
昔からの障害に直面している。
かなり闇雲に従うという
本能によって、
現在、日本人は
アメリカ的な考えを
受け容れようと
熱心に努力しているが、
例えば
労働者の状況を見れば、
彼らは自分本位に
権利ばかりに注意を集中し、
本分と義務について
考えていない。
この理由は、ある程度、
長年の日本人の
思考と態度における
氏族性に求められる。
日本人が
藩に分割されていた時代は、
完全には終っていない。
平均的日本人は、
自分の親戚は
その利益を
追求すべき友人とみなし、
他の人間は
その利益を
考慮するに値しない
敵と考えている。
日本人の間には
宗教心が欠如している。
私は
神道を宗教とは考えていない。
それは儀式に過ぎず、
合衆国では
甚だ過大評価されてきたと
考えている。
しかし、
たいていの神道信者は
超保守的で、
彼らと神道と超国家主義を
同一視していた復員兵と
その他の者は、
しっかりと結びつく傾向を
持っているので、
依然として危険な面がある。
政府は、
信教の自由に関する命令を
厳守する立場にあり、
現在彼らを取り締まる手段を
持っていないために、
こうした状況は危険だ。
神道を奉じる分子と
その同調者は反米的なので
警戒を要すると考えている。
以上のようなことから、
私は
今は日本人のもつ
美点を述べている場合ではなく、
むしろ
その欠点を考える時だと
感じている。
私は、
マッカーサー元帥と
元帥の行っていることに
たいへん大きな感銘を受けている。
また、
対日理事会における
アメリカの態度に
とても感謝し、
それが安定効果を持つと
感じている。
しかし私は今、
この国の労働状況を
かなり憂慮している。
日本の労働者は、
物事を真似する事において、
義務を等閑にして
自分の権利を
利己的に追求しやすく、
米国のストライキから
有害な影響を受けるので、
米国の炭坑ストが
速やかに解決するよう
希望している。
(以下省略) 」
この文章を読まれてどのように感じられましたでしょうか。わたしは、なるほどなあ~~と思いました。
「日本人の封建的特徴の一つは、進んで人に従おうとする性格にあり、日本人はアメリカ人のように自分で考える訓練を受けていない。」
確かに自分で考えるということを教育されていません。さらに戦後教育は「天才を出さない」ことが大義名分にされてしまいました。それが日教組の教育です。
そして、
「闇雲に従うという本能」
これは「主君に忠誠を尽くす」という日本人の特性なのです。
ただし、その特性は「真の太陽神」に祀ろうことにより発揮されるということを申し上げたく存じます。
真の太陽神とは、男神の天照大神のことです。つまり大調和を実現したニギハヤヒ命の御代の太陽神です。
ナガスネヒコはニギハヤヒに忠誠を尽くし、主君と一体になってひのもとの国造りをし、大調和の国を実現したのです。
しかし現在の太陽神は女神様。この女神様が天照大神になった御代は、ずっと戦争、疫病、災害、貧富の差が続いています。昭和時代、戦争に駆り出された日本人は、女神のアマテラスを祀る国家神道に従うことを余儀なくされ、若い命がたくさん散っていきました(涙)
(修学旅行は、広島、長崎よりも知覧が良いと心底思います)
ニギハヤヒの父であるスサノオは強い神です。この神のはたらきは、欧米支配されてきたアジア諸国を解放し独立させることでした。
表の天皇は、女神のアマテラスの系譜。
裏の天皇は、男神天照、つまりスサノオ、ニギハヤヒの系譜です。
日本の天皇は表と裏でひとつなのに、この戦争で昭和天皇がアメリカに懐柔されてしまったことが敗因だったのかもしれないと思いました。表の天皇がアメリカに取られてしまった。それにより、日本国土もアメリカに取られてしまったのです。
(アメリカは王様がいない国だったため、それができたのでしょう。英国は王国だったから日本の天皇に手を付けることができなかった。なぜなら天皇は世界の王侯貴族の序列の頂点だから。)
しかし裏の天皇(ご本人はそうおっしゃっていませんが)安岡正篤(まさひろ)先生は、アメリカ(GHQ)が日本の精神性をコテンパンに打ちのめし、二度と立ち上がれないように洗脳しようとしていることを知っておられました。日本人の強さの本質は日本魂にあることにアメリカは目を付けたのです。それは諸外国の国民性にはない、主君に忠誠を尽くす特性そのものこそが日本人魂だったからです。
それは、
強さをくじき、弱きを助ける正義性、
嘘をつかない、
だまさない、
裏切らない、
うばわない、
親切にする
といった日本人に埋め込まれてきた遺伝子のはたらきです。
その特性は神話や日本の伝承、伝説、おとぎ話に織り込まれるようにして刻み込まれています。
真の太陽神は、宇宙の法則に沿ったシステムの神ですので、人民は太陽神と一体になって行動することが、地上天国を創造するはたらきに寄与することにつながるのです。
神話時代から神武天皇に日本人が殲滅されてきたのは、誰かが日本人を滅ぼしたい意識があったからです。
その根底にあるのは、嫉妬。その嫉妬を持ち込んだのは誰?
このことについては次回に。

今回もご一読いただき誠にありがとうございました。
いつも拡散していただきまして心より感謝申し上げます。
お気に入りにいれていただければとてもうれしいです。

【ニギハヤヒ命】に導かれて②「終戦の玉音放送」の原稿を書いた昭和の裏天皇。
2019年 08月 12日

龍神様は強いからこそ戦わない。本当に強い人は相手と戦わず受け止められる人。


昭和天皇 終戦の玉音放送
(昭和20年8月15日)
私は
深く世界情勢と
我が国の現状を考え、
非常の手だてをもって
事態を収拾しようと思い、
私の忠義で善良なる
臣民に告げる。
私は帝国政府に
米国、英国、中国、ソ連の
4か国に対し、
共同宣言(ポツダム宣言)を
受諾することを通告させた。
そもそも帝国臣民の
安らかな生活を図り、
世界の国々と共に
栄えていくことは、
歴代の天皇が残してきた
手本であり、
私もそのように念じてきた。
先に、
米英2国に宣戦布告した理由も、
実に我が国の自存と
アジアの安定を願ったためで、
他国の主権を排し、
領土を侵すようなことは
もとより私の意志ではない。
しかし、
交戦は既に4年を経た。
私は、
陸海将兵は勇戦し、
閣僚たちも職務に励み、
一億国民も努力し
それぞれ
最善を尽くしたと思っているが、
戦局は必ずしも好転せず、
世界の情勢もまた
私たちに不利である。
そればかりか
敵は新たに残虐な爆弾を使用して
罪のない人びとを殺傷し、
その悲惨な被害の及ぶところは
計り知れない。
それでもなお、
交戦を継続すれば、
ついには
わが民族の
滅亡を招くのみならず、
ひいては人類の文明をも
破却させることになってしまう。
そのような事になれば、
私はどうして
多くのわが子とも言える
臣民を保護し、
歴代天皇の御霊の神殿にて、
私の誤りの責任を
謝することができようか。
これが私が帝国政府に
共同宣言に応じさせた
理由である。
私は、
我が帝国と共に
終始アジアの解放に
協力した盟邦諸国に対し、
遺憾の意を表さざるを得ない。
帝国国民においては
戦場で死亡したり、
職場で殉職したり、
不幸な運命で
亡くなった人々や、
その遺族を考えると
悲しみに堪えない。
さらに戦場で傷を負い、
災禍を被り、
家や職場を失った者の
厚生にいたっては
私が深く
胸を痛めるところである。
思うに、
今後我が帝国の受ける苦難は
もとより尋常なものではない。
私の臣民の窮状も
私は良く理解している。
しかし、
私は時運(時の流れ)の
赴くところ(従い)、
耐えがたきを耐え、
忍びがたきを忍び、
将来のために
平和を実現しようと思う。
私はここに
国体を護持し得て、
忠義で善良な
臣民の良心を信じ、
常に臣民と共にある。
もし、
感情の激するままに
みだりに争い事をしたり、
同胞同士が互いに
相手をけなし、
陥れたりして
時局を混乱させ、
そのために
道を誤り、
信義を世界に失うようになれば、
私が最も戒めることだ。
どうか、
挙国一家して
それぞれが子孫に伝え、
固く神州(神国)の
不滅を信じ、
私は国家の再生と
繁栄を念じ、
そこに至る道は
遠いと心に刻み、
持てる力を
将来の建設に傾け、
道義心をあつくして、
志を固くして、
日本の能力を発揮し、
世界の進運に遅れないように
努力しなければならない。
あなた方臣民には
私の思いをよく理解して
身につけてほしい。

安岡正篤先生 刪修筆跡(けずって修正した筆の跡)
終戦の詔勅刪修について
*刪修(サンシュウ ) 不要な字句をけずり改めて、文章をよくすること。
以下、安岡正篤記念館名誉館長・林 繁之
(月刊『致知』1984年3月号より)引用。
「私も師のお側にあって45、6年になるが、
自分にその学問を語る資格はない。
ここでは、
人口に膾炙
(かいしゃ:世の人々の評判になって知れ渡ること)
されている終戦の詔勅刪修
(サンシュウ )について
正確に記しておきたいと思う。
毎年8月15日、
終戦の日が近づくと、
マスコミはその秘話を語ってほしいと、
先生に面会を求めて止まなかった。
そのつど先生は決まって、
「“綸言(りんげん)汗の如し”という。
詔勅は、陛下のお言葉で絶対のものである。
これがひとたび渙発
(かんぱつ:詔勅を広く国の内外に発布すること)されたなら、
その起草にどういうことがあったかなど
当事者が語ってはならない」
といって決して語ろうとはされなかった。
その先生が、この詔勅には多少の誤伝があり、
私が刪修したと語られるなら、
「私の学者として後世より問われる悔いも残るので、
君たちだけには話しておく」
と、側近の者に一晩しみじみと語られたことがある。
先生はその刪修に当たって、
「義命の存する所」と、
「万世の為に太平を開かむと欲す」
の二点を挿入されたほか、
陛下の重いお言葉として
文章についても手を入れられた。
「義命」については詔勅の中で、
陛下が「堪へ難きを堪へ」よ、
とおおせられておられる
宸襟(しんきん:天皇のお気持ち)を拝察して、
それにふさわしい天子としての
重いお言葉がなくてはならない。
そこで「義命」という言葉を選ばれた。
出典は中国の古典である『春秋左氏伝』。
その中の成公八年の条に
「信以て義を行い、義以て命を成す」とある。
従って、
普通にいわれる大義名分より
もっと厳粛な意味を持っている。
国の命運は義によって造られて行かねばならない。
その義は列国との交誼においても、
国民との治政においても信でなければならない。
その道義の至上命令の示す所によって
終戦の道を選ぶのである。
「万世の為に太平を開かむと欲す」も
「永遠の平和を確保せむることを期す」
より強く重々しい。
これは宋初の碩学・張横渠(ちょうおうきょ)の有名な格言
「天地のために心を立て、
生民の為に命を立て、
往聖の為に絶学を継ぎ、
万世の為に太平を開く」
からそのままとったものである。
いずれにしても先生は、
終戦の詔勅の眼目は、
「義命の存する所」と
「万世の為に太平を開かむ」
の二つにあると考えられた。
わが国は、
何が故に戦いを収めようとしているのか、
その真の意義を明確にしておかなければならない。
従って、
内閣書記長官をしていた迫水氏には、
どのような理由や差し障りがあっても、
この二つの眼目は絶対に譲ってはならない、
とくれぐれも念を押されたのだが、
閣議の席で、
閣僚から二つとも難しくて国民には分りにくいから
変えてはとの意見が出されたのである。
結局、「義命の存する所」という一番の眼目を、
「時運の趨く所」という最も低俗というより
不思議な言葉に改められてしまった。
これは永久にとりかえしのつかない、
時の内閣の重大な責任といわねばならない。
「時運の趨く所」の意味は
いってみれば成り行き任せ。
終戦が成り行き任せで行われたということは、
天皇道の本義に反する。
時運はどうあれ、
勝敗を超越して「義命」という
良心の至上命令に従うことで、
はじめて権威が立つのである。
戦後、日本は大きく繁栄した。
しかしこの繁栄の基礎に、
「信以て義を行い、義以て命を成す」。
義命が存していたならば、
物が栄えて心が亡ぶと
識者が顰蹙(ひんしゅく)するほど、
人の心は荒廃せずに済んだであろう。」
(引用以上)

わたしは「終戦の詔勅」(玉音放送)の原稿をはじめて拝読した際、なぜか涙があふれて仕方ありませんでした。わたしは戦後生まれの親に育てられた昭和50年代生まれです。特別な感情などないはずなのに、なぜか号泣してしまっていました。自分は感情的になっているのかもしれないと思い、数日後に再度原稿を読みました。するとまた泣けて泣けて仕方なかったのでした。

深く思いを鎮めてみました。・・・これはニギハヤヒの思いだ!と思いました。そのとき「神武東征」の国譲りの際に、ナガスネヒコに語った言葉と同じだったのかもしれないと思えてきました。

ニギハヤヒは勝てたはずの理不尽な戦を止めることでひのもとの国の国譲りをしたのです。異質であることを受け入れて和合させることがこの地球が生み出された目的。和を重んじる日本人だからこそあえて苦難を甘受したのです。わたしはナガスネヒコは主君ニギハヤヒの真なる思いに触れ、涙を流したにちがいないと思いました。

そして2019年。
日本は自立の道を歩みだすことになりました。
国は「これからは国は国民の面倒を見れないから国民も自立するように」
と宣言されましたが、
日本政府はどの道を選択されるのでしょう。
『日月神示』
マツの巻
第七帖
「神の国
一度負けた様になって、
終ひには勝ち、
また負けた様になって
勝つのざぞ」

雨の巻
第九帖
「三エスの神宝
(かんだから)と、
3S(スリーエス)の
神宝とあるぞ、
毒と薬で
うらはらであるぞ」
