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②継体天皇とUFOの夢

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前回記事を書いたその翌早朝、

夜の古墳にUFO?のような、

巨石っぽいのにUFOみたいに

ライトが点滅している飛行物体が

降りて来た夢を見ました。

わたしはそこにいて、

近づいてきた飛行物体に

吸い寄せられるように近づきました。

「我々はこの星を救うためにここに来た」

という言葉ではない言葉が伝わってきました。


(このときの「我々」というのは、

地球人として転生して来た人間も含まれます)


そのときわたしは

「ああ!そうだった!!」(◎o◎)!

とハッと我に返って目が覚めました。

そのことを忘れないように起きてすぐ

ブログにメモさせていただきました。


今回は①ケータイ天皇の続きです。

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今城塚古墳(筆者撮影)


夫は「今城塚古墳はフェイクやけど、

本物の継体天皇の古墳はすぐ近くにあるよ」

と、ナビを設定するまでもなく

ホンモノの継体天皇の古墳へ連れて行ってくれました。


夫は高校時代、

この周辺をいつも走っていたので詳しいのだそうです。

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夫が通っていた高校周辺地図


ホンモノの継体天皇の古墳は

周囲に民家が普通にあるエリアにありました。


何の変哲もない町並みに一か所だけ

路地から真っ直ぐに古墳に向かう

砂利道がありました。

入り口には看板も案内もないので、

通り過ぎてしまうようなところでした。

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継体天皇 三嶋藍野陵(筆者撮影)


先日忌部さんがおっしゃっていましたが、

継体天皇の先代で血統が途絶えたので、

傍系から連れて来られたのが

継体天皇なのだとか。

夫も同じことを言っていました。


古墳時代の天皇は

権力闘争と保身のために

粛清を繰り返した結果、

継ぎはぎで体裁を保っていたようです。

だから「継体」天皇なのでしょうか。

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継体天皇 三嶋藍野陵(筆者撮影)


継体天皇 三嶋藍野陵

宮内庁。


・・・


宮内庁!

\(◎o◎)/!


ホンモノはただそこにあるだけで、

広告も道案内も設置しないのですね。

なんとなく納得。

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継体天皇 三嶋藍野陵(筆者撮影)


道には玉砂利が敷かれていて、

雑草ひとつ生えていなく

手入れがとても行き届いていました。

ああ、この感じ、

神武天皇陵のようだわ。

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継体天皇 三嶋藍野陵(筆者撮影)


古墳前には施錠された門扉があり、

ここから先は入れないようになっていました。

結界ですね。

しかるべき措置です。

"(-""-)"ウンウン

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継体天皇 三嶋藍野陵(筆者撮影)


夢を見たときに伝わってきたのは、

天皇(スメラミコト)とは

日本レベルどころか、

宇宙レベルの役目を担う存在であるということ。



この地球は宇宙の計画によって創造された星。

地球の雛型は日本。

日本の神がこの地球の創造主。



天皇(スメラミコト)

地球の創造主である神の依代となり

地上を神の計画通りに創造する

最高責任者なのだと。



天皇は役職であり万世一系の男系男子。

その役目は累代神を降ろす肉宮。

天照大神もまた役職であり、

歴代天照大神が存在する。



神武王朝以前のスメラミコトは

人智を超越していて、

まったく別次元であることがわかる。

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継体天皇 三嶋藍野陵(筆者撮影)


平成の御代に天皇になり代わって

御神事をされてこられた御神業師様は、

日本神界のみならず、

天使界、魔物界、宇宙人とも

コミュニケーションをとっておられました。


わたしは文明の転換は神武東征にあると気づきを得て

直観のままに行動してきたドンピシャのタイミングで

御神事が執り行われる場に導かれたのです。

それまでほとんど無知だったわたしは

天皇についてひとだけわかったことがあります。

それは

天皇とは神を肉体に入れる器であるということです。

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継体天皇 三嶋藍野陵(筆者撮影)


そのお役目は

誰もが務められるものではありません。

天皇は権力の座であるはずもなく、

奪い合って勝ち取るものでもありません。



肉宮(にくのみや)の役目は

完全に自我を停止できなければ

完全トランスになることは不可能。

それは自分という意識を一切介入させず、

完全に神を入れる器に徹するということです。



奥様に御神業のすごさに圧倒されたことと、

大変なお役目にねぎらいのお言葉をおかけしましたら、

「血筋なのだと思います」

とおっしゃっていました。

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継体天皇 三嶋藍野陵(筆者撮影)


天皇は本来、

皇祖神の遺伝子が受け継がれた

血統でなければ務められないのです。

なぜなら、

超古代の情報や神道奥義というものは、

決して知識で仕入れるものではないからです。


神業師様は膨大な情報が滝のごとく

脳天に降りて来たとおっしゃっていました。

それは過去の文献から仕入れた知識ではなく

高次からもたらされた

アカシックレコードまるごとダウンロード

されたということなのだと思います。



古代史についても、

超古代の巨石文明や磐座にまつわる真相、

神社やピラミッド、DNA、

日猶同祖論の真実、土地の因縁、

地球に関わる宇宙人関連、その他多数、

人智を超えた情報の体系です。



現人類には、

これら宇宙から降ろされた情報の

大海のひと匙程度しか

開示を許されていないとのことです。

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継体天皇 三嶋藍野陵(筆者撮影)


天皇の御神事はおそらく

「血」によって執り行われている。



血の中に祖先からの情報が脈々と受け継がれていて、

骨(骨髄)の中に隠されている。

誰にも奪われないように。



天皇の棺の中に秘蔵されているのは、

単なる遺骨ではなく、

骨髄だったのかもしれない。



持統天皇の御代、

つまり藤原不比等が側近となった世から

天皇は唐にならって火葬されたのです。

その意図は?

申し上げるまでもないでしょう。

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継体天皇 三嶋藍野陵(筆者撮影)


宮内庁には

歴代の藤原不比等(史)が

存在しているのかもしれません。


史(ふひと)とは渡来人系の記録書記官。

彼らが漢字を使って日本神話を編纂し、

神武王朝以前のスメラミコトの系譜を封じ、

日本人の集合無意識を意図的に構築して

彼ら一族の自我を満たすことを最優先した世を実現した。


神武王朝の最終となる令和で

二一十の四九三が終わる。

真の歴史が明らかにされるのは、

新たなる文明がはじまったとき。

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継体天皇 三嶋藍野陵(筆者撮影)


「わたし」から「わたしたち」

という意識転換を果たした人々が

新たな世を創造していく。

新たなる神界の神々とともに。




続きます。


今回もお読みいただきありがとうございます。

日本人を目覚めさせるためにブログを書いています。

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by new-jomon | 2019-09-29 19:17 | 日本の歴史を蘇らせる | Comments(0)

①ケータイ天皇

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2019年9月某日。

「ひさしぶりにナンが食べたいな~」

と思ったので、

宝塚にあるネパールカレーのお店を調べてみました。


「あれ?高槻にもあるやん。本店は高槻やって」

「どこなん?」

わたしは夫に地図を見せました。

「今城塚古墳の近くやん」

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大阪府高槻市

わたし「古墳があるの?高槻に?」

「何回も車で通ってるよ。

僕が行ってた高校の近くやし。」

わたし「行かなあかん気がする。

ナン食べてから!(゚Д゚)ノ」

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ナンはお変わり自由~( *´艸`)ウマウマ

ということでナンを食べてから行ってきました。

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夫が通っていた高校周辺

今城塚古墳に!!

ちなみに、この記事は連載形式となります。

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今城塚古代歴史館(筆者撮影)


夫は歴史に詳しく、

歴史をほとんど知らないわたし。

ここは夫曰く

継体天皇の古墳とされているのだとか。

「ケータイ天皇!?」

でも、

後にここはフェイクで

他に宮内庁がホンモノと認めた

別の古墳があるのだそうです。

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今城塚古墳(筆者撮影)


ここは継体天皇の本当の古墳ではないので

古墳に入れるのだそうです。

無料ですよ!

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今城塚古墳(筆者撮影)


ここは前方後円墳のようです。

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今城塚古墳(筆者撮影)


おお~っここから先は古墳時代や~。

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今城塚古墳(筆者撮影)


オオッ「ひんべえ」やん!!

「はに丸」はどこ~?

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今城塚古墳(筆者撮影)


オオッ!はに丸!!

はに丸ってこんなに細身やったっけ?




なつかしい~昭和やな~

はに丸は6歳児(身長160㎝)なのだそうです。

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今城塚古墳(筆者撮影)


埴輪祭祀場には家・人・動物など200点も並んでいました。

小さな子どもさんを遊ばせるにはとてもよいところです。

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今城塚古墳(筆者撮影)


大阪は古墳メッカだったようで、

ここ高槻市(大阪府北部)は

古墳だらけだったのです。

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こちらは大阪府堺市にある日本最大の大仙陵古墳・仁徳天皇陵です。

前方後円墳といえば、

大阪府南部しかないとばかり思っていました。

ぜんぜん知らんかった…(^▽^;)

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今城塚古墳(筆者撮影)


大阪府外に住んだことのないわたしは

あまりにも歴史に無知だったことを

改めて思い知らされました。(^▽^;)

それなのにおそれ多くも

歴史ブログを書いてるなんて(^▽^;)

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2018年9月3日気象庁


そういえば、2018年の平成最後の夏は

災害のオンパレードで

特に関西は集中的に大災害を受けました。

これは禊ぎだったのかもしれません。

高槻市は大阪北部地震の震源地でした。
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新しい文明は

東経135度+1.4度エリアから始まることが

宇宙の回転周期で決まっているとのことです。

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『ガイアの法則』より


縄文文明の拠点はひのもと。

神武王朝もここから始まったのでした。

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赤印はグーグルで「神武天皇」と検索した結果。

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今城塚古墳(筆者撮影)

古墳の水郷です。

古墳の中に自由に入れるので

人工物のない自然と親しむことができます。

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今城塚古墳(筆者撮影)

今はどこもかしこも

アンテナが建てられていますから

このような古代の環境が保たれた場は

とても貴重です。

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今城塚古墳(筆者撮影)


日本は古墳時代の終焉とともに

寺院の建立がはじまり、

律令国家へと大きく変わっていくのです。

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今城塚古墳(筆者撮影)


「この桜は、岐阜県根尾谷に育った

淡墨(うすずみ)桜の実生の苗から

育てたものです。」

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今城塚古墳(筆者撮影)


「伝承によると、

継体天皇は幼いころ、

皇位継承をめぐる争いで迫害を受け

根尾谷で過ごし、

天皇として都へ向かわれる時、

村のことを忘れまいとの思いで

自らの手で植樹し、

歌を残したと言われています。」

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今城塚古墳(筆者撮影)

「身の代と遺す桜は、

薄墨よ千代に其の名を

栄盛(さか)へ止(とど)むる」

継体天皇

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今城塚古墳(筆者撮影)






今回もお読みくださりありがとうございました。

日本の目ざめのためにブログを書いています。

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by new-jomon | 2019-09-28 21:08 | 日本の歴史を蘇らせる | Comments(0)

天皇と藤原氏のお家騒動


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馬と鹿を捕らえ、

この国を動かして来たのは

天才・藤原不比等。

フヒトさんは役職名です。


辞書によると、

史(ふひと/ふみひと)とは、

古代の日本において

文筆や記録の職務にあたった

渡来人系の官人組織。

ということです。

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『小河ドラマ 楠木正成』より


有名無力、無名有力


有名になれば

しがらみが生じて動きにくいけれども、

無名ならば

意のままに動かすことができる


ということを


天才フヒトさんは当然ご存知だった。



フヒトさんの父は中臣鎌足公。

中臣家の二男だったフヒトさんは

初代藤原姓を名乗りました。

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藤原宮跡(筆者撮影)


故国を失って渡ってきた一族は、


大きな野望があったのです。

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藤原宮跡(筆者撮影)


渡来人の価値観は序列が第一。


父・中臣鎌足公は


海を渡ってこの島にたどり着いたけれど


この国には王様(天皇)がいました。

天皇は男系であることが絶対である以上、

藤原氏は決して天皇になることはできません。

まずは、

女性天皇を擁立して自分が側近となれば

天皇を意のままに操ることができると考えました。

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そもそも

天才フヒトさんは「渡来人系書記官」です。

古代豪族が編纂した古史古伝を没収し、

新たなる日本の法律と歴史書を書きました。

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『よみがえる藤原京』より


藤原不比等さんは


三代にわたって女帝を擁立し、


女帝のフィクサーとして


日本の国家事業計画書を作成されたのです。


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『よみがえる藤原京』より



四代目女帝・持統天皇 

701年『大宝律令』



五代目女帝・元明天皇 

712年『古事記』



六代目女帝・元正天皇 

720年『日本書紀』



編纂者

藤原不比等

(720年没)



やっぱ天才!!


(でも思考回路は逆回転なんですよね)




不比等さんは娘の宮子を天皇と結婚させて、


生まれた子が天皇に即位すれば

天皇の外戚関係となり、


絶対的な地位と権力を


手に入れることができると考えました。


しかし、

それは宇宙の法則に反することだったのです。


娘を嫁に出した家は、

娘の名前は戸籍から除籍され、


婚家に入籍することになります。

よって、

娘を嫁に出せば

実家とは他人行儀が道理なのです。

これを「親切」といいます。

ほんとうの「親切」の意味は、

嫁いだ娘は実家の親を切るということです。

それが秩序というものなのです。


GHQにより家制度が破壊されてしまった


現代の日本人は

「親切」の真なる意味を見失ってしまいました。

このことの詳細は改めて書かせていただきます。

(これは超重要事項ですよ!)

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藤原宮跡(筆者撮影)


文武天皇に藤原宮子が嫁いで、

生まれた子はたとえ娘の子であっても、

藤原氏の立場では外孫にあたり、

他人行儀が道理なのです。

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藤原宮跡(筆者撮影)

藤原宮子の息子は聖武天皇。

藤原の血脈を交えた最初の天皇の誕生を機に、

藤原氏は外戚関係を利用して、

立場をはき違えて天皇に関わり続けました。

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藤原宮跡(筆者撮影)


本来、藤原氏は

天皇に口出しする立場にありません。

天皇に逆さまの道理が持ち込まれたのですから、


神事も正しく執り行うことができず

世は疫病、飢饉、災害、権力争いが続きました。


不比等さん亡き後、


その息子の藤原四兄弟は


正統な天皇の皇位継承者である


長屋王を葬りました。

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『小河ドラマ 楠木正成』より



藤原氏が関わってからというもの、


直系から直系へ、


長男から長男へ受け継がれる


万世一系の秩序は乱れに乱され、


天皇の座を奪い合う世となったのです。


そして、

政治は藤原氏の外戚にあたる五摂家が独占。



ついに悲願の

日本乗っ取り完了~!

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『小河ドラマ 楠木正成』より


けれども


外戚による

手出し口出しは

でしゃばりの陽徳。

秩序を逆転した


悪仕組み。


外戚は立場をわきまえる陰徳が正解です。

\(^o^)/


続きます。

今回も最後までお読み下さりありがとうございました。

日本を建て直すためにブログを書いています。

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by new-jomon | 2019-09-26 23:21 | 日本の歴史を蘇らせる | Comments(0)

馬と鹿

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馬と鹿。

蘇我氏は

馬子と入鹿。

そして蝦夷。




仏教vs神道


蘇我馬子vs物部守屋

蘇我氏は宗教戦争で物部氏を滅ぼした後、

やりたい放題政治をした。

これが正史。

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石切神社(筆者撮影)


蘇我氏は悪役。

「記紀」では権力を振りかざし、

天皇殺害を企て、

遣いの者を騙して天皇を殺害させた

云々。

その暴挙はいとまがない。

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洞川八幡宮(筆者撮影)


中臣鎌足と中大兄皇子が

蘇我入鹿を暗殺した

「乙巳の変」を正当化するために、

後世の為政者(藤原氏)は

蘇我氏を悪役にしておかなければならなかった。

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乙巳の変


物部氏と蘇我氏を敵対同士にして戦わせ、

物部氏を滅ぼし、

のちに

蘇我氏を滅ぼせば

後から来た渡来人の手によって

この島の政権を握ることができる。

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善根寺春日神社(筆者撮影)


渡来人の奸計に

まんまと嵌められた

蘇我氏と物部氏。

馬鹿正直な日本人は

だまされやすいがゆえに

この島を乗っ取るのは容易いことだった。

・・・と考えることは容易い。

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勝軍寺(筆者撮影)


その本当は

正史に記されない

行間の空白に込められている。

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勝軍寺(筆者撮影)


地方自治をしていた豪族たちにとって、

飛鳥時代は隋の文化を学び

受け入れざるを得ない状況だった。

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枚岡神社(筆者撮影)


蘇我と物部は同族。

馬子と守屋の妹は夫婦だった。

守屋の妹は石上の斎王。

神道を奉じる斎王と結婚した馬子。

もともと蘇我氏は

神道を信仰していた。

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枚岡神社(筆者撮影)


馬子はウマシマジ

蝦夷はセオリツヒメ

入鹿はタケミカヅチ

蘇我氏は神の名前を賜っている。

蘇我氏は物部氏と同族。

入鹿の弟に物部大臣がいる。

本名は不明。

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枚岡神社(筆者撮影)


隋の文化とともに

仏教が輸入されることに

なるであろうことは自明の理。

隋はいずれ

この島に手を伸ばすであろう。

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吉川八幡神社(筆者撮影)


その際、

最も守らなければならない神宝を

外国に奪われてはならぬ。

そのために

誰にも気づかれないよう

この島のどこかに神宝を隠して

飛鳥を首都と定め

政治をすることにしよう。

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勝軍寺(筆者撮影)


隋にならった中央集権政治を取り入れ、

天皇を最高権力者にしておけば

外国と対等に交渉することも可能。

摂政に適任なのは

天才ウマヤド皇子。

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勝軍寺(筆者撮影)


ひのもとは

何万年も続いた神の国。

時代が下るにつれ、

神の国を欲しがって

諸外国はこぞって

神の国を奪いにくるであろう。

物部は国譲りをされた神の系譜。

結局物部は蘇我氏に勝ちを譲った。

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枚岡神社(筆者撮影)


外国の神が

この国で奉じられようとも

我が国の神は

この島そのものであり、

海、山、川、磐、大気、樹木、

いのちそのもの。

我々の血肉と魂に

神は内在する。

ゆえに

いかなる時代になろうとも

我々は神とともにあることを

忘れてはならぬ。

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奈良公園(筆者撮影)


蘇我氏と物部氏は

馬と鹿。

馬は権力、鹿は平和の象徴。

対立しているように見えて

ほんとうは

協定を結んでいたのかもしれない。

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石舞台古墳(筆者撮影)


我が墓に

寺院はいらぬ。

仏像も不要。

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石舞台古墳(筆者撮影)


蘇我は天皇の系譜。

代々神を奉じてきた証として

飛鳥の巨石を

我の墓として後世に伝えるがよい。

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石舞台古墳(筆者撮影)


歴史は常に

勝者の筋書きに書き換えられるもの。

蘇我と物部が争い、

滅んだと伝えられようとも、

いつか誰かが

この磐座を見て

記憶を蘇らせるであろう。

「蘇我は神とともにあった」

ということを。



我らは神とともに蘇る!



「正義が勝つんじゃない。勝った者が正義なんだ」


「ここはひとつ大人になって、負けて、勝つ!よ」


「優勝争いじゃない、優勝だ!」


『ノーサイドゲーム』より



今回も最後までお読み下さりありがとうございました。

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by new-jomon | 2019-09-24 20:34 | 日本の歴史を蘇らせる | Comments(0)

物部おこしさんの思い

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「もののべのおこおこおこ・・・」


今年の夏、なぜか

「もののべのおこおこおこ」

と脳裏でグルグルまわっていました。

以前も

「オオタタネコオオタタネコオオタタネコ」

と脳内グルグルだったのでその類かな?

(10)崇神天皇とオオタタネコ

と思っていたのですが、

まあいいかと放置していました。

すると「おこ」さんが来られたのです。

(うちは自営業なんです)


「おこ」さんは

「尾子」さんという苗字でした。


なぜか「おこ」がキーワードだと思ったので調べてみました。

「もののべのおこ」とは

「もののべのおこし」

という人物のことだったのです。

\(◎o◎)/!

下は物部氏の系図です。

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物部氏系図(ウィキペディアより)


物部おこし(尾輿)さんは

物部守屋公のお父さんでした。

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物部守屋公墳墓(筆者撮影)


守屋公墳墓には今まで何回もお招きいただきました。

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勝軍寺(筆者撮影)


歴史では神道vs仏教の戦争だったと教えています。

守屋さんは聖徳太子と蘇我馬子さんと戦ったのです。

これを機に我が国に仏教が取り込まれました。

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勝軍寺(筆者撮影)

ここは守屋公の首を洗った池なのだそうです。

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石切神社 饒速日命(筆者撮影)

物部氏の始祖はニギハヤヒノミコト。

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石切神社 可美真手命(筆者撮影)

ニギハヤヒの息子のウマシマジ。

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物部氏系図(ウィキペディアより)



おこしさん、モリヤさんの時代は古墳時代。

この時代は今も変わらぬ戦の世。

廃仏派vs崇仏派の戦いがありました。

物部氏は中臣氏と祭祀をしていました。

おこしさんは中臣鎌子さんと組んでおられ、


モリヤさんは中臣勝海さんと組んでおられたとのことです。

ところで、


「おこし」と聞いて思い出すのが、

大阪名物パチパチパンチ・・・ではなく、

大阪名物「岩おこし」です。

穀類の粒粒を固めた硬~いおかしです。

大阪土産のオーソドックス

ザ・「おこし」

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「おこし」には

「岩おこし」と「粟おこし」

があります。


このキーワードを解読すると、

岩=磐座信仰

粟=あわ=あ・わ

あ・わ=カタカムナで生命の循環

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粟おこしを作ってくださった業者さんは

生駒郡へぐり!!

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これが粟おこし。

物部のおこしさんのお名前には

意味が込められていたのですね。


いわ(磐座信仰)

と、

あわ(生命の循環)


おこし(復興)!

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そして、出雲の神の教え

「修理固成」

の意味もこめられていたのです。

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下鴨神社(筆者撮影)
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下鴨神社(筆者撮影)



「修理固成」については

ラグビーの聖地はひのもとの国

に書かせていただきました。

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ひさしぶりにいただいた

「おこし」はおいしかったですよ。

昔からのお菓子には、

深い意味が込められているのですね。

もののべのおこしさん。

古墳時代(6世紀)に生きた人。

古代も現代も不変なのは、

宇宙の法則に沿った生き方をすること。

とても大事なことなのに

なんで学校では教えてくれないの?

わたしたちは

無秩序で

無知無明な世界に生きている。

学校の先生は、

なぜ人を殺してはいけないのか、

なぜ人をだましてはいけないのか、

なぜ奪ってはいけないのか、

ということを教えてくれません。

先生も教わっていないから教えられない。

でも、

日本神話の世界では

殺し、だまし、奪っています。

神様の世界でこんなことが正当化されているなら、

人間の世界でもしていいってことになる。

でもこれは明らかに

宇宙の法則に逆らっています。

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上賀茂神社(筆者撮影)

文字でなく形態で

教えを示していた時代は

言葉を用いずとも

その意味を読み取ることができていた。

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上賀茂神社(筆者撮影)

しかし、

古代祭祀氏族が没落し、

新興宗教(仏教)と渡来人による

政治がはじまってから

この国の「公式なる」神話が書かれました。

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乙巳の変


神話とは神の世界。

なのに

仏教の六道が組み込まれています。

六道とは、

地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天。

この世界観の中に意識が閉じ込められているうちは

迷いの世界から抜け出せません。

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日本書紀

神話は国家の集合意識を

構築するために書かれました。

その意図は

人民をコントロールするため。

この国の集合意識に六道(幽界)を

組み込んでおけば

為政者の意図のままに

国と人民を動かすことができるから。

この世界は

「書けば願いが叶う!」

と為政者がせっせと書いた

国の事業計画書が


「記紀神話」と「大宝律令」だった。

しかし、

為政者がもっとも恐れ、

もっとも封印してきた縄文の神

艮の金神様は

「幽界をなくす」

とお伝えされています。


このことの意味は


六道を正道に戻す

ということです。


正道とは

宇宙の法則の通りの秩序


ということです。


ということは、


艮の金神様が復活されたら

六道輪廻の中にいる人間たちはどうなるの?

六道は自我意識の世界です。

意識の世界が現実をつくっているのですから、

自我意識の変換をすることです。


自我意識のなかった縄文の記憶を取り戻せば


かならず意識変換できます。


もののべのおこしさんは

もう一度

日本人のこころを思い出してほしいと

お伝えだったのかもしれません。


自我意識の変換についてはこちら。

無知と自我と欲について①
無知と自我と欲について②


今回も最後までお読み下さりありがとうございました。

日本人を目覚めさせるために書いています。

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by new-jomon | 2019-09-23 16:30 | 日本の歴史を蘇らせる | Comments(0)

モアイ像はニギハヤヒを見ていた。

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わたしは

「瀬織津姫からのミッション」

の記事を書かせていただいていた頃、

(17)瀬織津姫からのミッション①八大龍王総本山へ



なぜか憑りつかれたようにある曲を聴いていました。

スターダストレビュー「夢伝説」です。



わたしはこの曲を聴くたびに

言葉に表現できない

懐かしさと恋しい思いがあふれて来て

仕方がありませんでした。

恋しいというのは、

魂の奥底から沸き起こる

親神様をお慕いする思いです。

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生駒山(筆者撮影)


わたしは「夢伝説」を聴くたびに、

なぜか生駒山が思い浮かんでいたのです。

生駒山には日下山があり、

ニギハヤヒ山という別名があります。

生駒山にはニギハヤヒの御神体があります。

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磐船神社 御神体(筆者撮影)


ここの御祭神は

天照國照彦天火明奇玉饒速日尊

(ニギハヤヒノミコト)

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磐船神社 御神体(筆者撮影)


ここは天野川が流れており、七夕伝説があります。

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星田神社HPより。


「夢伝説」の歌詞は七夕伝説が隠されている。


~遠い昔のことさ


からはじまるこの曲は

引き裂かれ、封じられた夫婦神を

思い出そうと魂がふるえだす。


~いつか聞いたことのある

おとぎ話にきっと吸い込まれてゆく~


わたしたちは語り継がれてきたおとぎ話から

魂の記憶を思い出す。

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7月7日は恋そうめんの日


この国は太陽の国。

太陽神の国。

ひのもとの国。

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日下貝塚(筆者撮影)


ひのもとの拠点は日下。

太陽の下。

この国はかつて太陽信仰でした。

しかし太陽に逆らった神が

この国をしろしめすようになって

太陽信仰は封じられました。

もとの太陽神はひのもとの神。

ニギハヤヒ命。

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石切神社 饒速日命(筆者撮影)


かつて縄文はひのもとを拠点として、

環太平洋沿岸を中心に伝播していた。

その証拠に世界中から土偶が発掘されている。

太陽神はイースター島でも崇められていた。

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「夢伝説」の歌詞



わたしは「夢伝説」の曲を聴き、

ジャケットを見て思い出したのです。




モアイが見ていたのは太陽神。

つまり

ニギハヤヒだったのだと。

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画像はこちらから


モアイは帽子をかぶっています。

そして「彼女」たちは女性です。

「夢伝説」が流れていたコマーシャルは

太陽神を崇めていた女神たちだった。




ニギハヤヒは日本だけでなく、

世界中を飛来して治めていた。

それは神話で

「天の磐船に乗って降臨してきた神」

と伝承されてきたことと符合する。

天の磐船に乗って

日本と同じく四方が海に囲まれた

イースター島にも平和をもたらしていた。




2012年の調査では、

モアイ像に同体があることが発見された。

この巨大な石をどうやって運んだのか。

縄文のテクノロジーを封じられた現代科学では

説明することができない。

モアイ像には目がありました。

目は意識エネルギーの出入り口です。

太陽神に逆らった支配者は、

モアイ像の目をくりぬくことによって

意識エネルギーのフォースを封じたのでした。

それは太陽信仰を封じられたことでもありました。

そして序列が持ち込まれ、


支配と奴隷、


六道輪廻の暗黒時代がはじまったのです。




この曲の歌詞には

太陽神がもたらした大調和の時代の

記憶を呼び覚ますコードが刻み込まれています。

わたしはこの曲を聴いて

下の記事を書かせていただいたのでした

(17)瀬織津姫からのミッション①八大龍王総本山へ



今回も最後までお目通しいただきありがとうございました。

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日本人がひとりでも多く目覚められますようブログを書いています。


by new-jomon | 2019-09-22 11:27 | 神々の世界を蘇らせる | Comments(0)

ラグビーの聖地はひのもとの国

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ラグビーのワールドカップが日本で始まりました。

日本で開催されるのははじめてなのだそうです。

下はこどもが学校からもらってきたこども新聞です。

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2019年9月に

ラグビーのワールドカップが

日本ではじめて開催されるという現象。


2019年6月には

G20が大阪で開催されたことは

記憶に新しいです。

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なんとラグビー場の聖地は

大阪府東大阪市。

(花園ラグビー場のある東花園は

子どものころよく行きましたよ!)

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ラグビー好きだった秩父宮さまが

橿原神宮へご参拝される道中に

「ここにラグビー場を作ってはどうか」

とご提案されたことがきっかけで、

近鉄奈良線沿線の空き地だった東大阪に

ラグビー場が建設されたのでした。

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東大阪市花園ラグビー場の東には

生駒山があります。

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生駒山(筆者撮影)


生駒山は


ニギハヤヒとナガスネヒコの本拠地です。

そこへ神武天皇がやってきて

国を譲られたのです。

それまでは「ひのもとの国」でした。


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日下貝塚(筆者撮影)

ひのもとは

東大阪市

日下。孔舎衙。草香。草賀。久佐迦

(くさか)が拠点。


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日下貝塚(筆者撮影)


2019年ラグビーワールドカップは

ひのもとの国で開催されるのです。

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下鴨神社のパンフレット(筆者撮影)



そしてラグビーの神社は

世界遺産の下鴨神社にあります。

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下鴨神社(筆者撮影)


下鴨神社の糺の森

ラグビーの神社

「雑太社(さわたしゃ)」があります。

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下鴨神社(筆者撮影)


御祭神は

神魂命

(かんたまのみこと)

賀茂建角身命

(かもたけつぬみのみこと)


ワールドカップ開催当日のネットニュースに、

日本代表選手は「おはぎ」を召し上がる

という記事を読みました。

以下、記事から引用。


初の自国開催。試合約4時間前の食事「マッチミール」にもこだわりがある。都内ホテルに用意されるのは、あんこのおはぎ。今季から選手の要望を受け、エネルギー源となり、腹持ちが良い逸品がビュッフェに並ぶようになった。あんこの材料になる小豆は、邪気を払う縁起物ともされる。


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下鴨神社(筆者撮影)

登録31人の半数近くは外国出身選手。結束を深める過程には、おはぎ同様「和」があった。7月には宮崎・日向市で「君が代」の歌詞にあるさざれ石を見学。南アフリカ出身フランカーのラブスカフニも「小さな石が大きな岩になる。この数年間でやってきたこともそう。我々の全てを表す」と感情を込めた。

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下鴨神社(筆者撮影)


日本には簡単に崩れない結束がある。前回大会を知る10人に新たな選手が加わり、目指すは初の8強。堀江は強い口調で「その自信はあります。まず1試合。ロシア戦しか見ていない」と決意を込めた。日本中の声援を力に、歴史を変えるチームとなる。(引用以上)



出雲大神宮(筆者撮影)

   出雲大神宮(筆者撮影)


さざれ石は出雲大神宮にもあります。


出雲大神宮(筆者撮影)

出雲大神宮(筆者撮影)


さざれ石


さざれ石とは細かき石の意で


長き歳月をかけて互いに寄り集まり


大きな巌となったという


尊きものである


新古今和歌集 古今集に


わが君は


千代に八千代に


さざれ石の巌となりて


苔のむすまでと


詠はれ国家「君が代」の原典となってゐる 


上代からの巌に神霊が宿るという


巨石崇拝の信仰と共に天皇の御世を寿ぎ


国民一人一人が力を合わせて


国づくりを成してゆく


修理固成という


国家建設の理念をも現はしてゐる。




元伊勢籠神社にもさざれ石がありました。


元伊勢 籠神社(筆者撮影)
元伊勢 籠神社(筆者撮影)


大和さざれ石


此の石は長い年月をかけ


小石が粘土・砂に混じり


大きな岩(礫石)をなした誠に


目出度い石である


君が代は


千代に八千代に


さざれ石の巌となりて


苔のむすまで



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日下自治会館にあった石碑(筆者撮影)


そしてこれは「ひのもと」の和歌。



バラバラの砂粒が大きな岩となる。

砂が固まらないのは何故なのか。

砂が岩となるのはなぜなのか。

君が代はそれを教えています。


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河合神社(筆者撮影)


下鴨神社には河合神社があります。

ここは日露戦争の戦勝記念の

「褒美の砲弾」があります。

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河合神社(筆者撮影)


日本対ロシア戦は

神々様もおはたらきになっています。





ひのもとは復活した!



続きは次回にて!

今回も最後までお目通しいただきありがとうございました。

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by new-jomon | 2019-09-20 17:46 | 日本の歴史を蘇らせる | Comments(2)

ひのもとの神は真の太陽神

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日下貝塚を訪れた後、

石切神社に向かいました。


この記事は

ひのもとにキタ―(゚∀゚)―!!

のつづきです。


ここはわたしが神武東征にまつわる史跡探訪の

きっかけを与えてくださった原点です。

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石切神社 饒速日命(筆者撮影)


物部氏の始祖ニギハヤヒ命。


この神はニニギの兄(アマテラスのひ孫)とされていますが、


本当はスサノオの息子


そしてもともとの皇祖神であり、


ひのもとの天照大神だった。


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石切神社(筆者撮影)


本社の主祭神はウマシマジ。

奥宮の主祭神はニギハヤヒ。

ニギハヤヒの息子がウマシマジ。


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石切神社(筆者撮影)


御神木はクスノキ。


後醍醐天皇が楠木正成公に


絶大なる信頼を寄せられていたのは


夢をご覧になったのがきっかけでした。


菩薩の使いの二人の子どもが夢に現れ、


「これよりしばし地上は乱れましょう。


御身が隠れる場所もないほどです。


ただ、あの大樹の南の陰に


天子のための席を設けました。


しばらくはその木陰でお過ごしなされませ」



とお告げされたのです。


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石切神社(筆者撮影)



大樹の南とは木の南。楠木。


後醍醐天皇は神のご意思に従い、


河内の土豪に過ぎなかった楠木正成公を頼りにされたのでした。


(6)悪党といわれた陰の立役者・楠木正成
(7)後醍醐天皇と楠木正成公

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石切神社(筆者撮影)


後醍醐天皇の祖神はアマテラス。


しかし後醍醐天皇は祖神とは別系統の神を奉じました。


後醍醐天皇が奉じた神は、古い神。


宇宙開闢の神、水の神。出雲の神。


そのため

ふたりの天皇が同時代に存在することになったのです。


南朝(大覚寺統)が奉じるニギハヤヒ


北朝(持明院統)が奉じるアマテラス


アマテラスは女神の太陽神


ニギハヤヒは男神の太陽神

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石切神社(筆者撮影)


後醍醐天皇が奉じられた神は


ここの御祭神と同じです。


名前を書き換えられた水の神。


水の神は龍神。


生駒の龍神は八大龍王。


その正体は瀬織津姫。

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石切神社(筆者撮影)


瀬織津姫はニギハヤヒの妻神。


ニギハヤヒは男神天照大神の和魂(にぎみたま)


瀬織津姫は男神天照大神の荒魂(あらみたま)


ニギハヤヒは瀬織津姫と一体です。


しかし後から来た渡来人がこの神様を別れさせてしまった。


中臣氏が神道奥義・天の岩戸開き神事で出したのは、


女神の太陽神。


男は太陽、女は月。

男は火、女は水。

男は陽、女は陰。

男は上、女は下。


これは不変の宇宙の秩序。

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天の岩戸開き神話


女神が太陽神になったということは、

逆さまの道理が

この世にもたらされたということ。

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石切参道(筆者撮影)


女神の太陽神を出すために、


藤原不比等は記紀神話で


男神天照大神ニギハヤヒの妻神・瀬織津姫を封じた。


この重要な瀬織津姫は記紀には登場しない。


しかし太陽を背にして戦った


最強のラスボス・ナガスネヒコとして登場する。

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ストリートファイターⅢ3rdより


『日本書紀』では


神武に最後まで逆らったナガスネヒコを


主君ニギハヤヒの手で斬殺されたことになっている。


このことはつまり、


瀬織津姫が消されたことを意味する。


実際、瀬織津姫は持統天皇の御代に名前を消され


鬼や姥に姿を変えられた。



もともとの皇祖神であり天照大神は夫婦神。


しかし記紀と為政者によって隠された。


けれど神の存在を消すことはできない。


そのため名前を書き換えられた。


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石切不動明王(筆者撮影)


太陽を背にし、


悪を許さぬ強い神はナガスネヒコ。


天照大神の荒魂。


津波や大洪水を起こす水の神。



大日如来の化身・不動明王。

不動明王を祀る場所には必ず水場がある。

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石切不動明王(筆者撮影)



不動明王が祀られている側には


神名を書き換えられたニギハヤヒが祀られている。


不動明王は大日如来(太陽神)の化身だから。


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石切不動明王(筆者撮影)


お参りしていた女性は不動明王に水をかけていた。


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石切不動明王(筆者撮影)


不動は婦道。


女の強さは我慢ができる辛抱強さ。


そして主人にお仕えする忍耐力。


命がけで子どもを産む我慢強さ。


それが古来より受け継がれてきた女(おなご)の道。


不動明王には婦道が隠されている。


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石切神社(筆者撮影)


夫のために命を捧げられる強さ。

内助の功。


石切の御滝(筆者撮影)
石切の御滝(筆者撮影)



滝は龍神・瀬織津姫の御神体。


その姿は白糸の滝。


白糸は白蛇白龍ニギハヤヒ。


滝のそばで不動明王がニギハヤヒをお守りしている。


石切の御滝(筆者撮影)
石切の御滝(筆者撮影)


ナガスネヒコが守っていた古戦場を振り返れば、


必ずといっていいほど


水場に不動明王が鎮座していた。


石切の御滝(筆者撮影)
石切の御滝(筆者撮影)


真の太陽神は夫婦神。


元々一体の二柱の神は隠されていても


必ず夫婦一対で存在している。

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石切参道(筆者撮影)

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生駒聖天では、

ニギハヤヒと瀬織津姫を隠して

ヒンドゥ教の双身歓喜天として祀っている。

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石切神社(筆者撮影)


安岡正篤(まさひろ)先生は


神武東征古戦場・孔舎衙坂の近くに住んでおられました。


天才だった安岡先生は


「記紀はウソ」


ということを当然ご存知だったはず。


しかしそれを表に出せば、


神武の皇統が覆ってしまう。

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石切神社(筆者撮影)


神武東征時、


ひのもとを譲ったニギハヤヒは、


ナガスネヒコを東北に逃がし、


御自らは神武天皇の補佐役としての役目を担い、


三輪山に鎮まられた。


神武の補佐役にはニギハヤヒの息子ウマシマジ、


第十代崇神天皇の御代にはオオタタネコが天皇を補佐した。

(10)崇神天皇とオオタタネコ


以来、必ずニギハヤヒの子孫が歴代天皇を補佐している。


裏天皇として。

(13)知られざる裏天皇八咫烏

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安岡正篤 一日一言


終戦の詔勅(玉音放送)の原稿を書かれたのは安岡先生。


原稿から伝わってくるのはニギハヤヒの思い。

【ニギハヤヒ命】に導かれて②「終戦の玉音放送」の原稿を書いた昭和の裏天皇。

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石切神社(筆者撮影)


天皇制がはじまって以来、


災害、飢饉、干ばつ、疫病が蔓延しました。


それは本来の太陽神に逆らったシステムが持ち込まれたから。

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石切神社(筆者撮影)


神武の血脈は天の川銀河の回転方向とは


逆回転のシステムの遺伝子。

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石切神社(筆者撮影)


記紀(藤原不比等)が生み出した


神武王朝は令和をもって完成となります。


記紀(宗教)の時代は完成をもって終了する。

③嫉妬の正体は「フヒトの仕組み」だった!


藤原氏がつくりあげた日本は終わる。


藤(フジ) 晴れたり 日本晴れ


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三輪山より太陽をあおぐ(筆者撮影)



ナガスネヒコはよみがえる。



続きは次回にて!

今回も最後までお目通しいただきありがとうございました。

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by new-jomon | 2019-09-19 10:11 | 日本の歴史を蘇らせる | Comments(0)

ひのもとにキタ―(゚∀゚)―!!

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さて夢の中に神様のお名前が

ずらっと文字で出てきた翌朝のこと。


この記事は
忌部さんがキタ━(゚∀゚)━!
のつづきです。
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下鴨神社(筆者撮影)



「くさか かいづか?」


という言葉が浮かびました。

日下貝塚。

わたしはそこへ行ったことがありません。

ということは、

行ってきなさいということでしょうか。



さて、

この日も朝早くから忌部さんが来てくださいました。

「昨日、図書館で縄文の本をたくさん借りてきたのよ」


忌部さんが見せてくださったのは

『出雲と大和』という本でした。


「これ、この本のコピー。

ナガスネヒコについて書かれていたから」

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さすが忌部さん。(◎o◎)/!

数枚のコピーをわたしにくださいました。


そこはまさに、日下貝塚のあるところです。


そういえば忌部さん、

元町長の日下さんとお友達。


「元町長の日下さん」(゚д゚)!


このように人を遣って示される。


偶然を越えて。

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神武東征ルート(筆者作成)


さて、神武天皇の最大のラスボス・

ナガスネヒコに撃退されてしまうのが

「孔舎衙(くさか)坂」

この地名は記紀神話では


「孔舎衛(くさえ)坂」

にされてしまっています。

孔舎衛(くさえ)は孔舎衙(くさか)

わたしは地名が改ざんされていることに気づいてから

土地に導かれ、体験させられることになっていったのです。

【ニギハヤヒ命】に導かれて①昭和の裏天皇・安岡正篤。

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神様は忌部さんを御遣いにして、

そこへ行きなさいとお伝えだったのでしょうか・・・。

わたしの生まれ故郷に。

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阪神高速水走出口(筆者撮影)


さて、この日は半ドンだったので生駒山へ向かいました。

夫も忌部さんの話があまりにドンピシャだったので

行かざるを得ないと思ったようです。

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生駒山(筆者撮影)

この日の空気は澄み切っていて生駒山がとてもきれいに映えていました。

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生駒市誌より。


生駒山は大阪湾の海底が大爆発して隆起し、

島になったのがはじまりなのだそうです。


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東大阪市日下町(筆者撮影)

生駒山麓は古代より人々の住まいでした。

そのため、狭い道に家が立ち並んでいて

新しい開発はされていません。

ここは昭和のまま変わっていません。

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日下貝塚(筆者撮影)

日下貝塚に到着したのはいいけれど、

ごく普通の民家が立ち並んでいて

碑が立っているだけでした。

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日下貝塚(筆者撮影)

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日下貝塚(筆者撮影)


この付近は石器時代の遺跡地ということです。

せ、石器時代!?(◎o◎)!

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日下貝塚(筆者撮影)


このあたりが神武天皇が東征した際、

皇軍が苦戦した孔舎衙坂ですよ、

ということが刻まれているようです。

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日下貝塚(筆者撮影)


貝塚の碑のすぐそばに、このような碑がありました。

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日下貝塚(筆者撮影)

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日下貝塚之詩

その昔、

大阪湾は「ちぬの海」とよばれていた。

生命の母なる「ちぬの海」は

河内の入り海として

大きく生駒山ろくまで押し寄せて

この地を長らく「河内湾」と呼ぶ時代が続いた

まだ「稲作り」を知らない古代の人々

食糧はすべて 海から 山から 自給自足

前には 海の幸をもたらす 豊漁の海

後ろには 山の幸いっぱいの 扇状合地

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古代の人々の住む ここは水の清らかな 一等地

男は生駒山でけものを追いかけ

女や子どもは海辺へ出て貝を拾い集めた

その数々の海の幸は

セタシジミ・オオタニシ・イケチョウガイ

チリメンカワニナ・マガキ・フトヘタナリ

ハイガイ・カガミガイ・ハマグリ

ウチムラサキ・サザエ・・・

彼らの日常生活の糧 

それらすべては「日下貝塚」

深い土の下に今でも眠り 


よく保存されている


「日下貝塚」


それは畿内で最も栄えた


或る時代を証明する 歴史の宝庫

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「日本」(ニッポン)の古い読み方それは

「ヒノモト」

そしてまた「日下」(クサカ)も

「ヒノモト」

或いは国名「日本」の地名の発祥地 

出発点こそは

この「日下地方」にあったのではないか!?

こんな研究まで 今 

歴史の諸説が飛び交う

孔舎衙・草賀・草香・久佐迦・みんな

「くさか」と読む

その生きた証人こそ

繁栄を物語る「日本の貝塚」

伝え残したい 

私たちの歴史のふるさと!!


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ひのもとはよみがえっている。

この土地はもう封印からめざめて

かつて自然と共生していた時代に戻ろうとしている。


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日下自治会館(筆者撮影)


日下貝塚周辺をぶらっと歩いてみました。

日下自治会館に碑がありました。

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日下自治会館(筆者撮影)



草香江の 入江の田鶴も 諸声に

千代に八千代と

空に 鳴くなり

新後撰集

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生駒山(筆者撮影)


神武東征の古戦場は、生駒山の日下山。

そこはちょうど旧生駒トンネルのあたり。

神武天皇は日下の入り江から上陸したのです。

ところがなぜか、生駒の族長ナガスネヒコは、

神武天皇が攻めてくることを察知しており

石や大木の仕掛けを施し、


弓矢をそろえて待っていたのです。


旧生駒トンネル(筆者撮影)

旧生駒トンネル(筆者撮影)


ここは近鉄奈良線の生駒と大阪を繋ぐために掘ったトンネルです。


奇しくもこの山は神話の古戦場だったのです。


開発当時、そのことを知っていたのかどうか分かりませんが、


近鉄はこの山に穴を開けなければならなかった。


着工当時から何度も落盤事故や火災、


開通後も追突事故や車両火災など、


何度も何度も大きな事故が起きました。


そのため、たくさんの犠牲者が出ました。

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このトンネルから白蛇さんが出て来られたことから

白龍大神が祀られています。


わたしはどうしても2017年の天皇誕生日に


ここへ行かなければならない思いに駆られ、


色々な行動体験をしました。

そのエピソードの記事

日下新池(筆者撮影)
日下新池(筆者撮影)


旧生駒トンネルの近くには日下新池があります。

ここには「ヒトモトススキ」という天然記念物があり、

日下新池(筆者撮影)
日下新池(筆者撮影)


イノラムキ古墳があります。

その古墳の名前の由来は


「太陽に向かって祈る」


ここは太陽信仰の聖地だったのです。

日下山はニギハヤヒ山という別名があります。

日下新池(筆者撮影)
日下山(筆者撮影)


そこへ、太陽に向かって戦ったのが神武天皇。

太陽に向かって祈る、反対の行為。

ここでナガスネヒコは神武軍を撃退するのです。


しかし神武軍は紀伊半島をまわって


熊野から再び攻め入るのです。

たくさんの人々の命を奪いながら。

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神武東征ルート(筆者作成)


神武天皇は、


これまでの大調和の世界しか知らなかった縄文の人たちに、


その逆さまの道理がどのような体験と感情を生み出すのか


ということを教えてくださいました。


そのことに気づいて感謝すれば、


もう逆さまの世界を体験する必要がなくなります。



神武東征についての記事はこれまでたくさん書きました。

あちこち導かれてその土地へ実際に行きました。

その最初のきっかけは石切神社だったのです。



続きは次回にて!

今回も最後までお目通しいただきありがとうございました。

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by new-jomon | 2019-09-17 14:08 | 日本の歴史を蘇らせる | Comments(0)

忌部さんがキタ━(゚∀゚)━!



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9月某日

忌部さんが腰を痛めて来られました。

「おひさしぶりですね~」

忌部さんはうちの近所に住んでおられます。

4年ほど前、

うちの夫が忌部さん宅に通っていました。

ご主人が末期がんだったので

疼痛緩和の鍼灸治療をしていたんです。


2年前には、

わたしが自治会役員をしていたときに

忌部さんとは防災活動のボランティアを

一緒にしていたご縁もありました。


忌部さんは後期高齢者とはいえ、

10歳はお若く見えます。

このタイミングで

まさか忌部さんが来られるなんて、

どういう意味があるのでしょう!?

忌部さんならいろいろ教えてもらえそう。


(*´Д`)「わたし、生まれが生駒山のふもとなんです。東大阪の」


「くさか?」


\(◎o◎)/!ドヒャー

いきなりストライク!?


「くさかは『ひのもと』でしょ?

日の下と書いて『くさか』」


\(◎o◎)/!\(◎o◎)/!

ホームラン!?


(*´Д`)「神話では地名を改ざんしていますけど」


「それは都合悪いわよね。『ひのもと』じゃあ」


(*´Д`)「物部氏の本拠地だったんです。

そこへ神武天皇がやってきて、

ニギハヤヒノミコトが国を譲ったんです。

ナガスネヒコを殺したことにして」


「ナガスネヒコは死んでないはず・・・

逃がしたんでしょ?」


(*´Д`)さすがは忌部さんやわ~。

ツーといえばカーで返ってくる・・・。


「わたしはあんまり詳しくないけど…」


(*´Д`)めちゃめちゃ詳しいですやん。


「わたしは出雲にすごく惹かれるの。

昔、縄文に凝ってたくさん本を読んだわ。

大国主は縄文系なのよ」


(*´Д`)出雲は気になりますよね。


「主人も昔、ヒミコや邪馬台国を追って

あちこち旅行していたわ」


(*´Д`)さすが・・・。


「忌部フォーラムというのがあって。笑

 四国に忌部一族が集まってたのよ。

今はもう招待状を送ってこないけど」


(*´Д`)今も皇室の御神事をなさっているんですか?


「三木がやってると思うけど・・・

うちも代々宮司だったけど、

今はもう誰も神社を守っていないわ」


(*´Д`)古代氏族はどこもそうですよね。

神社庁の管轄になってから。


「斎部広成(いんべのひろなり)という人がいてね。

中臣氏に役職を奪われた恨みつらみを

本に書いた人なんだけど。笑

中臣氏ともめたから会議を開いたの。

その会議には事前に

『武器を持たずに会議に挑むこと』

という約束をしたらしいの。

そしたら当日、

中臣は武器を持ってきていて、

忌部は丸腰。

そこが馬鹿正直なのよね」


(*´Д`)日本人なんですよ、そこが。


「忌部(斎部)は渡来人よ。

神武天皇と一緒に渡ってきた秦氏。

うちの主人がよく言っていたわ。

『フジワラはけしからん』て」


(*´Д`)笑


「要は縄文と弥生のせめぎ合いの時代なのよね。

結局弥生が縄文を追いやってしまった。

大国主に国譲りさせたのもそういうことなのよね」


(*´Д`)ですね。


「昔、主人と元伊勢に行ったわ。

天橋立の籠(この)神社に」


\(◎o◎)/!出たー!この神社ー!!


「古代史はロマンがあるわよね。

昔は全然関心なかったけど」


゚・*:.。..。.:*・゜・*:.。..。.:*


そんなこんなで話が盛り上がりました。

忌部さんがお帰りになったすぐ後、

Oさんが来られました。

「やっと来られたわ。

リフォームの準備で忙しくて

出られなかったの。

ちょうど息子が来てくれたから出て来れたの」


(*´Д`)息子さんがいてはったんですか?


「そうなのよ。生駒に住んでるのよ」


\(◎o◎)/!キター生駒!!

このタイミングで生駒キタ――!!


゚・*:.。..。.:*・゜・*:.。..。.:*


その日の夜。

夫が出先から帰ってきました。

「これ、姉さんからの東京みやげ」

( ̄▽ ̄)/

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「そうかせんべいやん」

\(◎o◎)/!ハッ!

よう見たら「くさか」やん!!

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(*´Д`)も~この偶然、どうよ!?


その晩、

夢を見ました。

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下鴨神社(筆者撮影)


上の神様の御名前がずら~っと文字で出てきたんです。

・゚・(つД`)・゚・かみさまぁ?

わたしは目が覚めました。

・゚・(つД`)・゚・それでいいんですね?

なぜかわたしは納得して再び寝てしまいました。

その翌朝・・・。



続きは次回に!!

今回もおめどおしいただきありがとうございました。

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by new-jomon | 2019-09-15 23:44 | 日本の歴史を蘇らせる | Comments(0)

新時代に必要なしくみを開示し、次世代型のモノを生み出し広めていきます。


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