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【サムハラ龍王・スサノオ命】に導かれて その4「解除!」

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12年前、開祖の直弟子の先生に教わっていたころのわたしには、武道と神様との関わりなどとても理解できなかったのですが、あるエピソードを思い出しました。


「ス」の神様のことです。


先生はいつもてのひらに「ス」の神様を意識して、てのひらからエネルギーが放射するようなイメージをしなさいとおっしゃっていました。そして相手と組んだときに「氣結び」して一体になることが大事だとおっしゃっていました。

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合気道の先生にはマル・チョン=「ス」の神様と教えられました。


わたしは当時、「『ス』の神様!?」と言われても頭の中では疑問しかなかったのです。しかし武道は理屈で考えたり理解しようとしてもうまくいかないので、「ス」の神様という神様がいらっしゃるのだな~と思うだけで深く考えることはしませんでした。


それから6年後、二度目の合気道場に入門してからのことです。ここの先生は五井昌久先生の教えを信仰されていまして、いつも稽古前に


合氣の神様、

ありがとうございます」


とお祈りされていたのですが、わたしも「合氣の神様、ありがとうございます」と思いながら手を合わせていました。


ある日、合氣の神様って、どんな神様なんだろうと疑問に思ったのです。その日の稽古が終わった後、ある物理学者の方のブログを読ませていただいたのですが、なんと、その学者様がたまたまアップされていたのが「サムハラ神社」でした。


わたしは「サムハラ」とは、変わった名前の神社だな~!?と思いましたが、サムハラ神社の所在地を調べてみると、なんと!大阪府柔道整復師会の近くではありませんか。そこは学生時代から20年来仕事でお世話になっているところだったので、びっくりしました。とても近いところにあったのに、全然知りませんでした。


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「サムハラ神社」は造化三神という、宇宙根源の神様をお祀りしておられまして、もしかしたら、ここの神様が「ス」の神様なのかな~?と思いました。


ところで「サムハラ神社の指輪がすごい」との評判があり、その指輪はとても強力な魔除けで有名なのだそうでした。


そして、たまたま翌日に柔道整復師会に用があったので、帰りに「サムハラ神社」にご参拝に行ってみることにしました。

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サムハラ神社(筆者撮影)

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サムハラ神社(筆者撮影)

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サムハラ神社(筆者撮影)

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サムハラ神社(筆者撮影)

そしたらなんと!境内に合気道場があったので、またまたびっくりしました。

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サムハラ神社(筆者撮影)

わたしは「合氣の神様」も「ス」の神様も、サムハラ神社の神様だったんだ、と思いました。

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サムハラ神社(筆者撮影)
造化三神とは、アメノミナカヌシ、タカミムスビノカミ、カミムスビノカミの三柱にして一なる根源神です

サムハラ神社(筆者撮影)

ここの神様は人間の願い事を持ち込むところではありませんので、ただただ謙虚に感謝をお祈りするのみです。


わたしは前日に知った「魔除けの指輪」が欲しくて社務所でおたずねしました。そしたら案の定、自分のサイズに合う指輪はありませんでした。f:id:ryu-chun:20181130001545j:plain

サムハラ神社(筆者撮影)

魔除けの指輪は自分のサイズに合うものでなければ効力を発揮しないらしいのです。そして指輪は職人さんの手作りなので、いつ入荷するかわからず、入荷待ちされる方が多数いらっしゃるため、なかなか手に入れることはできないそうなのでした。f:id:ryu-chun:20181130001853p:plain

サムハラ神社(筆者撮影)

その翌朝、不思議な体験をしました。わたしは神社から帰宅していつもどおりに寝たのですが、朝目覚める直前に


まだそのような物質(モノ)を必要とするのですか


という声(?)を聞いたのです。ビックリして目覚め、


申し訳ございません!まだ物質に依存しておりました。深くおわび申し上げます


と、とっさに心の中でひれ伏してお詫びしたのでした。


人間の顕在意識がはたらいていない「目覚めの瞬間」は特に神様からのメッセージを受け取りやすいので、これは明らかにわたしの行動に対しての戒めのメッセージでした。神様はすべてを見ておられるのだということを改めて分からせていただきました。


そして、合氣道の稽古の日に


合氣の神様ってどんな神様かと思ったら、サムハラ神社に行くことになって、ご参拝して参りました


と先生に申し上げました。すると先生は驚いて


開祖が「武産合氣(たけむすあいき)」をサムハラと呼んでおられた」


とおっしゃり、呪文のように「あめのむらくもくかみサムハラ龍王」と唱えられたので、「やっぱり!」と思いました。


先生からは開祖とサムハラの関わりをいろいろ教えてくださったのですが、当時のわたしには理解することができなかったので、いろいろシンクロがあったのだな~というくらいしか受け取れませんでした。これらは今からちょうど2年前の出来事です。


造化三神は根源神であり、艮の金神であり、「ス」の神であり・・・と様々な名称があるということを今になってわからせていただきました。

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さて、ついこの間の2019年7月26日(金)の朝のことです。

わたしはいつも家族が家を出た8時にはテレビを消すのですが、なぜかこの日は付けたままで、しかもなぜか、テレビの前に座っていたのです。


するとなんと!!!!8時から始まる番組の冒頭から「サムハラ神社」とテレビが言ったものですからビビりまして、ただちにスマホを立ち上げ、撮影体勢を整えておりました。


下はそのテレビの画像です。ナレーションとわたしの解説を交えて文字とともにお伝えさせていただきます。


サムハラ神社がテレビで話題になっていたのは、前述に書いた記事と同じく、入手困難の「指輪型のおまもり」にまつわる問題があったからでした。さて、その問題とは何でしょう。

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サムハラとは、アメノミナカヌシ、タカミムスヒ、カミムスヒの三柱にして一なる宇宙開闢の根源神です。(※神様は人ではないので3人とは言いません。)ここの神社では災いを除けるご利益があるとされています。

この三柱の神様は造化三神といって、性別も人格もない宇宙の法則そのものです。人格神はこの造化三神の法則によって生み出されました。いわば万物創世の神と申し上げてもよいかと存じます。
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この指輪型の御守りは「御神環」と申しまして、職人さんによる彫金の文字「サムハラ(漢字)」が刻印されています。この指輪はサイズが合っていなければ効力が発揮されないため、サイズ違いは御授与されないことになっているのです。
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ところが、この御神環がネットに出回っていることが明らかになったのです。初穂料3,000円である御神環が、ネットでは高額な値段がつけられていたのです。
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サムハラ神社の張り紙には、「本来結ばれるべき神様を切り離し、金銭に替える行いは悲しむべき事。神様に対して礼を欠く以ての外の行為であります」とお伝えされていました。
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サムハラ神社は警察や商業ビルが立ち並ぶ道路沿いにあります。敷地もそれほど広くありません。普段は行列ができるようなことはないのですが、今年の6月頃から行列ができるようになったらしいのです。御神環が目的だそうでした。

(みなさんが転売目的ではないと思いますよ。ほとんどの方は純粋にご自分の御守りとしてご授与していただきたいと思っていると思いますけど。でも、いつも貼り紙で「御神環」は入荷未定と書かれてあるので並んでも仕方ありませんけどね~?)
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行列は道路沿いに100メートル以上になった日もあったそうです。(ホンマかいな!?と思わず突っ込みたくなります。だって、並んでも仕方ありませんから。なんとなく違和感が・・・。)
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そこで、神社は今月から驚きの転売対策を講じられました。それは・・・?

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『「御魂抜きの神事」を行いました。これにより、暴利をむさぼるかのごとき高額をつけられた指輪型肌守はもちろん、すべての転売される当神社の御札、御守りは無効化されております。』
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転売された御守りからご利益を抜く「御魂抜き」は全国どこにあっても効果を発揮するとのことです。
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8月以降、御守り指輪「御神環」の御授与を休止。再開の時期は未定とのことです。(終わり)


たしかにサムハラ神社の指輪は強力な厄除け効力があるそうです。わたしも2年前、この指輪が欲しくて社務所に行きました。人間は神様の御神徳があれば、前向きに生きて行けるものです。ですからほとんどの方は純粋に御守りを御授与していただきたいと思っているのだと思います。

でもわたしの場合は神様に叱られました。それから指輪をいただきたいとは思わなくなりました。指輪は必要な方に行きわたるものなのだと思います。神様のご采配によって。

サムハラ神社の指輪を通じて人間の欲望とは何なのか。神様とは何なのか。いろいろ気づかせていただくきっかけになったのかもしれません。

ただ、どんなに人間が欲望を持ち込んでもサムハラの神様には人間のエゴはまったく通じません。法則の神様なので、自分が蒔いた種は自分が刈り取る、やったことは自分に跳ね返るだけですから。


サムハラと合気道開祖は深い関わりがあります。以下、八千代市合氣道連盟HP神示に現れた神々から引用させていただきました。
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天の村雲九鬼さむはら竜王(天之叢雲九鬼さむはら竜王)
一言で言えば、「気(エネルギー)の根源神」です。気によって、「いかなる業(ごう)をも、一瞬にして浄めてしまう神様」です。

植芝家の守護神で、合気道の守護神でもあります。天地の祖神(「主(ス)」の神、「ゝ(ポチ)」、皇大神即ち大天主太神、速武産の大神、 時として天之御中主神)又はその働きの現れです。

天地創造の力(エネルギー)の神です。

「また天叢雲九鬼(あめのむらくもくき)さむはら竜王大神(亦の名を速武産大神)が降臨され『我は植芝の血脈にくい入りくい込んでいるぞ』と言われたのです。 そして合気道の守護神であると言われたのです」

「この意義をよく考え思うべし、この守護神によりて、汝に武産の使命を気結びされたるなり」

「天の叢雲とは、宇宙の気、おのころ島の気、森羅万象の気を、つらぬいていぶくことをいう」

「九鬼とは、おのころ島に発生したすべての物の原子。即ち造物主の使命達成のために現れた九星(一白、二黒、三碧、四緑、五黄、六白、七赤、八白、九紫)の気である。 いざなぎの命、いざなみの命の島生み神生みの気も、すべてこの九鬼よりはじまる」

「さむはらとは、宇宙森羅万象の気をととのえて、世のゆがみを正道にもどすことをいう。 日月星辰も、人体もことごとく気と気の交流の結果生まれたものであるから、世界の気、宇宙の気を調整しなければ、やがては邪気を発して、風害、 水害、火災、戦争、病気、飢餓がおこる。 このすべての邪気を、天授の真理によってみそぎして、地上天国の極楽浄土を建設することを、さむはらという」 ちなみに、開祖は、『武産合気』と書いて『さむはら』と読ませたそうです。

『竜王』はこの神すべてにかかる名ですが、風水では竜は『気』を指し、龍神が雨乞いの神であることから、この神を「気(エネルギー)の根源神」として間違いないようです。

『さむはら』は聞き慣れない神名ですが、福岡県前原市に聖武天皇の御世725年にインドから渡来した高僧、清賀上人(せいがしょうにん)が 開創したと伝えられる雷山(らいざん)千如寺があり、身代わりの御守り『サムハラ』を授けています。

御利益は、十転化の功徳(悪を転じて善と化す。邪を転じて正と化す。愚を転じて賢と化す。貧を転じて富と化す。賤を転じて貴と化す。乱を転じて治と化す。危を転じて安と化す。 禍を転じて福と化す。迷を転じて悟と化す。痴を転じて仏と化す)です。

「宇宙森羅万象の気をととのえて、世のゆがみを正道にもどす」と開祖が言われたことと符合します。

『サムハラ』は、元はサンスクリット語の『シャンバラ(幸福を維持・用意・収集・養育するもの、静かで穏やかなこと、平和などの多くの意)』 ではなかったかという説もあります。

森信三先生は、「このサ・ム・ハ・ラは成熟を意味する梵語(サンスクリット語)のようです」と説明しています。

大阪市にサムハラ神社があります。ご祭神はサムハラ大神(天御中主大神、高皇産霊大神、神皇産霊大神の三神の総称)です。

この三神は造化三神と呼ばれ、宇宙創造の根源であり生成力を表わしているので、開祖の説明とも一致します。

加藤清正が、刀に『サムハラ』と彫りつけて朝鮮半島に出兵し、九死に一生を得たそうですが、日露戦争の頃にも『サムハラ』の護符は弾除けのご利益があるとして流行ったそうです。

開祖も『サムハラ』を身に着けていたお蔭で、日露戦争従軍時、奇跡的に何度も危機を逃れたそうです(「飛んでくる敵の弾丸がよう見えるようになった」と述懐)。

したがって、開祖には取り立てて説明の要らない身近な神様であったと思います。
(引用以上)
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サムハラ神社(筆者撮影)

わたしは「天の叢雲九鬼サムハラ龍王」の九鬼(くき)を「くかみ」と読ませていただいております。鬼の正体はもともといた神様で、本当は恐ろしい存在ではありません。そして日本は古来より鬼は「強い」という意味があります。そして九鬼は「最も強い」という意味がこめられています。

このサムハラ龍王は戦争を終わらせるために合気道開祖に和合の武道を大成するよう天命を授けられたのです。


さて、今回のサムハラ神社の指輪転売対策。「御魂抜き」=無効化。エゴにもとづいたお守りが解除となったわけですね。今回の現象から読み取れることは、

造化三神が動かれる時が満ちた


ということです。エゴの世界は仏教の六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天)の世界です。六道は人間の自我想念が作り出した幻の世界です。

今回、サムハラ神社による「エゴ意識に基づく御神環は無効化された」という現象は

六道は無効化される

(幽界は消滅される)


ということなのでしょう。サムハラ龍王が動かれるそのこころは、


森羅万象の氣をととのえて、

六道を正道に戻す


ということなのだと思います。つまり、



自然界を秩序通りに仕組み直す


ということです。すなわち艮金神、国之常立命、瀬織津姫の復活がともないます。自然災害が引き起こされて地上を浄化されるということであります。


そういえば、今朝見た夢は、コトシロヌシとタケミナカタ(いずれも国譲りの際にはたらかれた出雲の神様)に国が戻されるという内容の夢でした。出雲がいよいよ動く!?


【サムハラ龍王・スサノオ命】については次回も書かせていただきます。



今回も最後までお読みいただきましてありがとうございました。

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【サムハラ龍王・スサノオ命】に導かれて その1「出現!」

【サムハラ龍王・スサノオ命】に導かれて その2「直達!」

【サムハラ龍王・スサノオ命】に導かれて その3「開示!」

龍神様は強いからこそ戦わない。本当に強い人は相手と戦わず受けとめられる人。


by new-jomon | 2019-07-31 20:33 | 自己開示・神化への道 | Comments(0)

【サムハラ龍王・スサノオ命】に導かれて その3「開示!」

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偉大な霊覚者である植芝盛平翁と五井昌久先生、そして安岡正篤先生にわたしは多大なる霊的サポートをいただいてまいりました。どなたも既に三次元を離れておられますが、今になってやっと気づかされたことを書かせていただけるようになりました。


いつもいつもそうなのですが、そのときはわからないのです。何年も気づかないのです。あとになってから「ハッ」と気付いて「そうだったのですね」と肚に落ちると同時に感謝が込み上げるのです。


サムハラ龍王とスサノオ命に導かれて・・・の記事を3回目に書かせていただきます。


以下の記事は1年くらい前に気づきを得て書いた記録です。三次元でおはたらきになられた霊覚者の方々は、肉体の有無、時代を超えて、神界でも天命をまっとうすべくおはたらきになっておられるのです。わたしたちはこの方々をお手本とさせていただくのがよろしいかと思われます。


合気道開祖・植芝盛平翁。

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宗教家の五井昌久先生。

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東洋思想家の安岡正篤先生。


三次元で同時代に肉体を持っておられた御三方は、実際にご交流があったのです。


わたしはその日の午前中、たまたま合気道の先生にいただいた五井先生の本を手に取っていまして、安岡先生のことが書かれていたことにはじめて気付かされました。

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そしてその日の夕方に芝桜を植えていたのです。


芝を植える。植芝・・・(゚д゚)ハッ!


まさか、植芝先生と五井先生と安岡先生が大変親しくされていたなんて。。。今の今までまったく存じませんでした。


そのことが詳しく書かれた記事を以下に転載させていただきました。

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左:植芝盛平翁 右:五井昌久先生。

<植芝先生と五井先生の出会い>


植芝先生と五井先生が初めて対面されたのは、昭和32年10月のことです。


五井先生は、火野葦平が書いた「王者の座」と言う小説や「合気道」という本を読まれ、その中にある植芝先生の述懐などで、植芝先生の悟りの境地を理解され、会いたいと思っておられました。


五井先生のお弟子の高橋英雄氏は、著「武産合気(たけむすあいき)」のなかで「五井先生みずからお会いしたい、と思われる人物は滅多にいない。私の知る範囲では、今迄に植芝先生だけだったと思う。」と書いておられます。


また、植芝先生は五井先生に実際にお会いする1ヶ月も前から、自分の会いたい人から迎えがくると仰っていたというエピソードもあります。


こうしてお二人は、五井先生の講演会場となっていた神田神保町区民館で初めて対面されたのです。


この時のことを、五井先生は


こうした神はかりによって、植芝先生と私が対面したのでありますが、「やあ、いらっしゃいませ」「やあ、今日は」といわぬ先から、二つの心は一つに結ばれて、私は植芝先生という人格、否、神格がすっかりわかってしまったし、植芝先生も、私のすべてがおわかりになったようでありました。 


・・・(省略)・・・



植芝翁は確かに神の化身であります。その神の化身は非常に謙遜があって、肉体身としては、自分の子供にも等しい無名の宗教者のところへ、ご自分のほうからお出掛け下さって、「これからは先生の働き時、私はお手伝いになりましょう」といわれるのですから、ますますそのお心が輝くのです。』と書いておられます。


また、上述「武産合気(たけむすあいき)」の中で高橋英雄氏は、その時の様子を『植芝先生はその時二時間ぐらい歓談されていたが、五井先生に「私は先生と会う日を待っていたのです。私のあとを完成してくれる人が必ずいる筈だ、とさがしていたのです。私は神の道をひらく役目で、その後は先生にやっていただくのですから、よろしく頼みます」とおっしゃっていた』と書いています。


また、この時、五井先生が「私は宇宙です」と申されると、植芝先生も「私も宇宙です」と答えられたと、なにかの本に書いてありましたが、不世出の霊覚者お二人の想像を絶する心境の高さを示すエピソードとして、私のなかでは非常に印象に残っています。


この初対面以来、昭和44年に植芝先生が亡くなられるまで、肝胆相照らすお二人の交流は続くことになります。上述の「武産合気」によると植芝先生は五井先生について


『「わしの正体を見破ったのは、五井先生お一人じゃ』と武道家的表現を使ったり、「わしをほんとうにわかってくれたのは五井先生だけじゃ」と、うれしそうに話してくださるのだった。』とあります。


また、五井先生は植芝先生について


植芝先生は、武道修行の極致から、霊覚を得られた方であって、私との初対面から「五井先生は祈りのご本尊であり、中心の神の現れである」といわれ、私が植芝先生を上座に据えるのを、自ら下座に坐られ、若輩の私に上座をすすめられたものであった。真理に徹しておられぬとなかなかそういうことをできるものではない。


植芝先生の肉体というのは、普通人の肉体ではなく、神霊そのものの体であって、宇宙の根源に統一できる体であった。だから、八方から槍で囲んで、同時に打ってかかっても、打ってかかったほうが、まるでわざと倒れるような格好で、一度に倒れてしまい、当の植芝先生は、小ゆるぎもみえぬそのままの状態で立っておられる。その状態はもう技というのではなくて、翁の肉体が透明になり切り、宇宙大に拡がってしまっている状態なのである。そういう真の姿を知っているのは私だけかもしれない。」と述べられています。

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<五井先生が語られる合気道

五井先生の弟子であり、植芝先生の合気道の弟子でもあった高橋英雄氏の著「武産合気(たけむすあいき)」の中で、五井先生は植芝先生の合気道について


この日の植芝先生の話や、合気道についての本から得た感じでは、合気道という武道の一種と見られる道は、空を行ずることが根幹であり、そこから生まれる自由無礙の動きであり、大調和、愛気の動きである、と思ったのです。空を行ずるという言葉をいいかえれば、自我の想念を無くするということであります。



植芝盛平翁は、この真理を、身をもって語り、身をもって実際に行じておられるのですから、私が偉大な人と思い、お会いしたいという気になったのです。』と語られ、


また、自著「日本の心」では、『翁が開かれた合気の道は、全く平和の道であって、真の武とは、戈を止めるという文字の示す通り、戦争や争いを止める道なのである。植芝先生こそ、正に世界において、はじめて武の奥義に達した人というべく、昇天して私と共に平和運動に働かれることも、すでに神界において定められた道であったのだろう。』と述べられています。


<植芝先生が語られる合気道


植芝先生はご自分の合気道について、前述「武産合気(たけむすあいき)」の中で


『「相手の目をみてはいけない。目に心を吸収されてしまうからです。相手の剣を見てはいけない。剣に気が把われてしまうからです。相手を見てはいけない。相手の気を吸収してしまうからです。真の武とは相手の全貌を吸収してしまう引力の練磨です。だから、わたしはこのまま立っとればいいんじゃ。」(省略)


私はうしろむきに立っていればいいのです。相手が打ってくれば、打とうという自分の想いで、自分自身を打ってしまい傷つけてしまうのです。私は宇宙と一つなのです。私には何物もない。立てば相手は吸収されてしまうのです。植芝の合気道には時間もない空間もない、宇宙そのままがあるだけなのです。これを勝速日といいます。」』と仰っておられます。

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<植芝先生が語られる合気道

「武産合気(たけむすあいき)」によれば植芝先生は、自分の合気道について『「植芝の合気道には敵がないのです。相手があり敵があって、それより強くなりそれを倒すのが武道であると思ったら違います。



真の武道には相手もない、敵もない。真の武道とは、宇宙そのものと一つになることなのです。宇宙に帰一することなのです。合気道においては、強くなろう、相手を倒してやろうと練磨するのではなく、世界人類の平和のため、少しでもお役に立とうと、自己を宇宙の中心に帰一しようとする心が必要なのです。合気道とは、各人に与えられた天命を完成させてあげる羅針盤であり、和合の道であり愛の道なのです」  (省略)



植芝の武産合気は、この木刀一振にも宇宙の妙精を悉く吸収するのです。この一剣に過去も現在も未来もすべて吸収されてしまうのです。宇宙も吸収されているのです。時間空間がないのです。億万劫の昔より発生した生命が、この一剣に生々と生きているのです。古代に生きていた私も生きていれば、現在の私もいる。永遠の生命が脈々と躍動しているのです。



合気道は至忠至孝の道であり、この世の経綸の業であります。即ち地上天国に向かい、国完成への大御神ご神業の主体たる、人としての分身分業のつとめであります。・・・(省略)・・・』と語られ、また、五井先生の著書「日本の心」では、


植芝翁の言葉をそのままお伝えすると、「合気とは、敵と闘い、敵を破る術ではない。世界を和合させ、人類を一家たらしめる道である。合気道の極意は、己を宇宙の動きと調和させ、己を宇宙そのものと一致させることにある。合気道の極意を会得した者は、宇宙がその腹中にあり、「我は即ち宇宙」なのである。私はこのことを、武を通じて悟った。



いかなる速技で、敵がおそいかかっても、私は敗れない。それは、私の技が、敵の技より速いからではない。これは、速い、おそいの問題ではない。はじめから勝負がついているのだ。



敵が、「宇宙そのものである私」とあらそおうとすることは、宇宙との調和を破ろうとしているのだ。すなわち、私と争おうという気持ちをおこした瞬間に、敵はすでにやぶれているのだ。そこには、速いとか、おそいとかいう、時の長さが全然存在しないのだ。



合気道は、無抵抗主義である。無抵抗なるが故に、はじめから勝っているのだ。邪気ある人間、争う心のある人間は、はじめから負けているのである。ではいかにしたら、己の邪気をはらい、心を清くして、宇宙森羅万象の活動と調和することができるか?


それには、まず神の心を己の心とすることだ。それは上下四方、古往今来、宇宙のすみずみまでにおよぶ、偉大なる「愛」である。・・・(省略)


・・・真の武はいかなる場合にも絶対不敗である。即ち絶対不敗とは絶対に何ものとも争わぬことである。勝つとは己の心の中の「争う心」にうちかつことである。あたえられた自己の使命をなしとげることである。


しかし、いかにその理論をむずかしく説いても、それを実行しなければ、その人はただの人間にすぎない。合気道は、これを実行してはじめて偉大な力が加わり、大自然そのものに一致することができるのである。」』と、書かれています。

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<植芝先生の神我一体>

 五井先生の著「日本の心」の中に、植芝先生が神我一体を体験された時のことが書かれています。


たしか、大正十四年の春だったと思う。私が一人で庭を散歩していると、突然天地が動揺して、大地から黄金の気がふきあがり、私の身体をつつむと共に、私自身も黄金体と化したような感じがした。それと同時に、心身共に軽くなり、小鳥のささやきの意味もわかり、この宇宙を創造された神の心が、はっきり理解できるようになった。その瞬間私は、「武道の根源は、神の愛(万有愛護の精神)である」と悟り得て、法悦の涙がとめどなく頬を流れた。


 その時以来、私は、この地球全体が我が家、日月星辰はことごとく我がものと感じるようになり、眼前の地位や、名誉や財宝は勿論、強くなろうという執着も一切なくなった。・・・( 省 略 )・・・


 夜、一時二時頃、庭に降りたち、自分は剣をもって立った。ところが不思議に、一人の幽体、白いものがパッと現れた。白い者も剣をもって私に向い立つ。こうして剣の修業がはじまった。


そしてターッと打ってゆこうとすると、その瞬間にパッと相手が入ってくる。相手の剣が自分の腹先にパッと入ってくる。少しも油断は出来ない。はじめは私の動作はおそかったが、修業しているうちに、幽体の相手が入ってくる瞬間に、相手の木剣を下へ切り落とした。すると白い相手は消えてしまった。



 なお三日間ぐらい続行しているうちに、相手をぐっとにらむと剣が消えてしまった。その時、自分を眺めると姿がない。ただ霊身だろうと思うが、一つの光の姿がある。あたりは光の雲でいっぱいである。といって自分の意識はある。木剣を持っている気持ちもある、が木剣はない。ただ一つの呼吸のみがある。これが二週間つづいた。



 新たに、日をおいて立つと、木剣も自分も光の雲もなく、宇宙一杯に自分が残っているように感じた。その時は白光の気もなく、自分の呼吸によって、すべて宇宙の極が支配され、宇宙が腹中へ入っていた。


 これが宗教の奥義であると知り、武道の奥義も宗教と一つなのであると知って、法悦の涙にむせんで泣いた。


 山川草木、食獣虫魚類にいたるまで、すべて大宇宙の一元の営みの現れである、と大神さまに敬けんな感謝が心からわいて、泣けてしまったのである


と、植芝先生は神我一体の時の体験を述べられています。

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<五井先生の神我一体>


 五井先生も、ご自身の神我一体の体験を「日本の心」の中で書いておられます。


自然はなんて、美しいのだろう。私は自然の美しさの中に半ば融けこみながら、世の中から病苦を除き、貧苦を除かなければ、この美しさの中に全心を融けこませるわけにはゆかないのだなあ、と自分の責任ででもあるような痛い声を心のどこかできいていた。



 私はその声に応えるように、「神様、どうぞ私のいのちを神様のおしごとにおつかい下さい」と、いつもの祈りを強くくりかえしながら歩いた。そのまま向岸へ渡る舟着場まで来て、土手を下りようとした瞬間「お前のいのちは神が貰った。覚悟はよいか」と電撃のような声がひびき渡った。


その声は頭の中での声でも、心の中の声でもなく、全く天からきた、意味をもったひびき、即ち天声であったのだ。それは確かに声であり、言葉である。しかし、後日毎朝毎晩きかされた人声と等しきひびきの霊言ではなかった。私はそのひびきに一瞬の間隙もなく「はい」と心で応えた。


 この時を境に私のすべては神のものとなり、個人の五井昌久、個我の五井昌久は消滅し去ったのである。しかし事態が表面に現れたのはかなり時日が経ってからであった。』

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五井先生はご著書「日本の心」の中で、神我一体となられた時の様子を次のように書かれています


『「私は例の如く就寝前の瞑想に入った。想念停止の練習により、私は直ちに統一することが出来る。その夜統一したと思うと、吸う息がなくなり、吐く息のみがつづいた。すると眼の前に天迄もつづいているかと思える水晶のように澄みきった太く円い柱が現われ、私は吐く息にのり、その太柱を伝わって上昇しはじめた。< 中 略 >


 七つ目の金色に輝やく霊界をぬけ出た時は、全くの光明燦然、あらゆる色を綜合して純化した光明とでもいうような光の中に、金色に輝く椅子に腰掛け、昔の公卿の被っていたと思われる紫色の冠をかぶった私がいた。“あっ”と思う間もなく、私の意識はその中に合体してしまった。合体した私は静かに立ち上がる。確かにそこは神界である。様々な神々が去来するのが見える。 < 中 略 >


 天の私(真我)に地の私が合体して停っているこの現実。霊的神我一体観が遂に写実的神我一体として私の自意識が今確認しているのである。


想念停止の練習時にはもう少し上に(奥に)もう一段上に自己の本体がある、と直感しながら今迄合体出来なかったその本体に、その時正しく合体したのである。吾がうちなる光が、すべての障害を消滅せしめて大なる発光をしたのである。


その時以来、私は光そのものとしての自己を観じ、私の内部の光を放射することによって、悩める者を救い、病める者を癒しているのである。


天とは人間の奥深い内部であり、神我とは内奥の無我の光そのものであることを、はっきり認識した。  ・・・・( 省 略 )・・・   」



瞑想してやや暫くした時、眼の前がにわかにただならぬ光明に輝いてきた。私は想念を動かさず、ひらすらその光明をみつめている。すると、前方はるか上方より、仏像そのままの釈尊が純白の蓮華台に結跏趺坐されて降って来られ、私のほうに両手を出された。私も思わず、両手を差し出すと、如意宝珠かと思われる金色の珠を私の掌に乗せて下さった。



私は思わず押しいただき、霊体の懐に収めた。その後、現象界でいう、おさかきのような葉を五枚下さって、そのまま光明燦然と消えてゆかれた。私は暫く釈尊をお見送りする気持ちで瞑想をつづけていると、今度は、やはり光り輝く中から、金色の十字架を背負ったイエス・キリストが現われたとみるまに、私の体中に真向うから突入して来て消えた。



その時、“汝はキリストと同体なり”という声が、烈しく耳に残った。私のその朝の瞑想は、その声を耳底に残したまま終わってしまった。


私は深い感動というより、痛い程の使命感を胸底深く感じていた。そのことが単なる幻想でないことを、私の魂がはっきり知っていた。“汝は今日より自由自在なり、天命を完うすべし”という内奥の声を、はっきり聴いていたからである。私は直覚的にすべてを知り得る者、霊覚者となっていたのである。


私はその日から表面は全く昔の私、つまり、霊魂問題に夢中にならなかった以前の私に還っていた。私はすべてを私自身の頭で考え、私自身の言葉で語り、私自身の手足で動き私自身の微笑で人にむき合った。私の眼はもはや宙をみつめることもなく、私の表情は柔和に自由に心の動きを表現した。



私はもはや神を呼ぶことをしなかった。人に押しつけがましく信仰の話をしなくなった。父母にも兄夫婦にも弟にも、昔の五井昌久が甦ってみえた。柔かな、思いやり深い、気楽で明るい息子が冗談をいいながら、老父の脚をさすり、老母の肩をもみほぐす毎夜がつづいた。」ということになったのであります。』

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五井先生はご著書「日本の心」の中で、


植芝先生は、力による武道から、遂に神我一体の境地を経て、宗教道と全く一つである合気武道を創設されたのであり、私は、はじめから自己の弱小を悟って、すべてを神に任ね、そこから神我一体の境地に至り、神様の器になり切ったのであります。



 修業の道は全く異なった形をとりながら、行きついたところは、全く一つの境地であったことが、植芝先生と私を今日の結ばれにもっていったのでありましょう。』と書かれています。



 五井先生が植芝先生を讃えられた詩をご紹介します。


神 の 化 身


―  植芝盛平翁を讃う ―


其の人は確かに神の化身だ


其の人は肉体そのまま


宇宙になりきり


自己に対する相手をもたぬ


 宇宙と一体の自分に敵はない


其の人は当然のように


そう云い放つ


五尺の小身


八十路に近い肉体



だがその人は


宇宙一杯にひろがっている自分を


はっきり知っている


  如何なる大兵の敵も


 どのような多数の相手も


 そのまま空になりきっている


 其の人を倒す事は出来ない


 空はそのまま天御中主


天御中主に融けきったところから


その人は


守護神そのままの力を出だす


この人の力は



すでにすべての武を超えた


大愛の大気のはたらき


鋭い眼光と慈悲のまなざし


その二つのはたらきが


一つに調和し


その人の人格となって


人々の胸を打つ


その人は正に神の化身


大愛絶対者の御使人


私はその人の偉大さを


心に沁みて知っている

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安岡正篤先生と五井先生のご交流>


東洋思想家の安岡正篤(まさひろ)先生は五井先生を「霊覚のある、しかも法力のある無欲な宗教家の第一人者は五井先生でしょう」と評されていました。



五井先生は自然である。宗教家にありがちな臭みがない。尊大ぶったところがない。巧(たく)んだり構えたりするところがない。実に自然である。だからお話をしていてもとても気持がいい

(「白光真宏会ホームページ」より)


以下、五井先生について引用させていただきました。


「謙虚になって、皆に尽くさなきゃならない。本当に謙虚であれ」
 

と五井先生は語っています。


「何の不安も無いか、何の高慢なものも無いか、何の妬(ねた)みの心も無いか、そういうものがあるかないかをよーく自分で把握しなきゃだめ」



謙虚に、謙虚に、肉体の身を全部見直して、心の隅から隅から考えても、ちっとも不安が無いか、何の不安も無いか、何の高慢なものも無いか、何の妬(ねた)みの心も無いか、そういうものがあるかないかをよーく自分で把握しなきゃだめ。自分の心を断ち切って、探って探って、果たしてあるか、ないか。



 あってもいいんだ。あったっていい。全部なくなりっこないから。あったら
『ああ、神様勘弁してください。神様の心が自分に入っているのに、まだ神様まで到達できない。ごめんなさい』って言いながら、世界人類が平和でありますように、どうか私が立派な人間になりますようにって、やらなきゃだめですよ


(動画「五井先生の珍しいお叱り1」より)



 五井昌久先生は、「内観・瞑想」の大切さを次のように説いている。以下、要約。



「内観瞑想によって、この肉体身と肉体想念の不浄さ不完全さに気づき、肉体の自己の想念意識から離れて、本心すなわち、〈直霊・真我〉を黙想して悟りを得よ」


 直霊・真我とは、良知のことである。


自らの情けなさを思い知るからこそ、心底謙虚な人間になりたいと思うし、少なくともその瞬間は謙虚な気持ちになれるのである 以上。


わたしはこのような境地に到達された偉大な先達からのサポートをいただいてきたことに、やっと気づかせていただいたのが一年前だったのです。ただただ深い感謝です・・・それ以外にありません。


【サムハラ龍王・スサノオ命】については次回も書かせていただきます。




今回も最後までお読みいただきましてありがとうございました。

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【サムハラ龍王・スサノオ命】に導かれて その1「出現!」

【サムハラ龍王・スサノオ命】に導かれて その2「直達!」


by new-jomon | 2019-07-30 02:07 | 自己開示・神化への道 | Comments(0)

【サムハラ龍王・スサノオ命】に導かれて その2「直達!」

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サムハラ龍王・スサノオ命・合氣道開祖との関わりについて書かせていただいております。

先にこちらの記事から読まれますことをおすすめしております。



今から12年くらい前のことです。

熊野本宮大社にご参拝したときになぜか突然涙が流れたのです。

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熊野本宮大社(筆者撮影)

そのとき、リュウさんを主人公にして小説を書こうと決心しました。なぜか書きなさいといわれたような気がしたんです。


12年たった今、12年前に自分の身に起きた現象の意味がやっとわかるようになったことがたくさんあります。


HPで暗号解読を書き進めていくうちに、熊野本宮大社と自分に関わることの点と点がつながって明確な線となって気づかされていったのです。


リュウさんの生きざまを書くということは、戦いの人生を書くということです。波動拳をはじめとする神通力を駆使する彼の人生を、どうして書けたのか今ならわかるような気がします。


小説では直観で「役行者(えんのぎょうじゃ)と空海の神通力を融合させたのが波動拳の原形」と書きましたが、この二人の超能力者は、筆者の生まれ育った生駒山で修行をしていたということが昨年わかりました。直観って、当たるものなんだな~と思いました。


直感を受信した熊野本宮大社は古より修験者をはじめとする求道者たちが目指す悟りの聖地です。熊野三山のなかでも、本宮は熊野古道、大峰奥駆道を難行苦行の修行の道としてたどり着く最終目的地なのです。

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大峯奥駈道 吉野山金峯山寺から大峰山寺、玉置神社を経て本宮へ 役行者が開いた難行苦行の修行の道

熊野本宮大社合気道開祖・植芝盛平翁と密接な関係がありました。(このことは去年はじめて知りました。)和歌山県田辺市出身の開祖は熊野本宮に百数十回もご参拝しておられたのです。


そもそも開祖は男の子に恵まれなかったご両親が男の子の誕生を熊野本宮に祈願して授かったのが植芝盛平翁でした。ゆえに開祖は「わしは本宮の申し子じゃ」とおっしゃっていたのでした。

http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/000200/nagomi/web/nagomi03/specialfeature-p4/

▲【特集】世界遺産登録から3年 再発見、世界遺産「高野・熊野」

開祖は幼少時から武道を研鑽され数々の武勇伝を残されています。


最終的には勝負をするための武道ではなく「自分に向けられた攻撃を止めるための平和の術」として信仰と武道の精神を融合させた合気道を完成されました。


わたしは熊野本宮で小説を書くことを決心したものの、戦いの世界観を書くにはあまりにも知識がなかったので100冊ほど様々な書物を読みました。


その中で、リュウさんの師匠と弟子の修行風景を書くために合気道開祖とその高弟である塩田剛三師範の修行エピソードが書かれた本を長編小説に盛り込んで書きました


その後なんと、「三年かけてでも良き師に出会いなさい」をモットーにしておられる78歳の合気道の先生に出会ったのです。


驚くべきことに、その先生は開祖の直弟子であり、塩田剛三師範の後輩だったのです。先生の門人にピストルの弾を抜刀術で真っ二つにされるテレビにも出られた有名な居合の達人もいらっしゃいました。

先生は、素人のわたしに


あんたがこの町で合気道場を開いて指導者になりなさい


とおっしゃったものだからびっくりしました。丁重に辞退させていただいたのですが、先生は断固として


「これは大先生(開祖)の思し召しなんや」


とおっしゃったのです。

本当にびっくりしましたよ。でも、こういうことが本当にあるのです。

結局先生の熱意に圧倒されてわたしは地域の武道場を借りて合気道場開設・代表者になりました。先生はわたしに無試験で5級の免状を持ってこられました。


そして袴をはきなさいと命じられました。素人のわたしは袴をはいて開祖の写真に向かって拝礼の号令係をつかまつりました。


それから不思議なのですが開祖からのメッセージを受け取るようになりました。開祖は武道にまつわることは一切語られず、ひたすらに世界平和についてのメッセージをお伝えされていました。


そのとき、なぜか開祖と一緒に五井先生も出てこられたのです。


わたしは五井先生を存じませんでしたが、開祖とともに世界平和にご尽力されておられるご様子でした。

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植芝盛平翁と五井昌久先生。

わたしは当時何も知らなかったので、開祖と五井先生が生前、肝胆相照らすご交流をされておられた仲だったとは今まで全く存じませんでした。


先生はわたしを指導者にするつもりだったらしく、進級試験を受けるように何度も稽古をつけてくださいましたが、わたしは合気道のお世話役と子供さんの稽古相手に徹する覚悟でお役目を引き受けましたので、昇級試験は受けませんでした。ゆえに生涯最下級です。


先生はわたしに武道関連本や古事記などの本、開祖のDVDを持ってこられて「勉強しておくように」とおっしゃいましたが、なぜかまったく読みませんでした。



道家の方々が実践される滝行、座禅、瞑想なども一切やりませんでした。先生もかつて開祖に連れられて滝行をしたとおっしゃっていました。合氣道仲間は今度滝に打たれに行こう、という話で盛り上がっていましたけれど、わたしは心の中で誘わないで~と思っていたくらい、修行は今世ではもうやらないと決めていたのです。(過去世でさんざんやった感はあります)


当時のわたしはまったく無知でしたので開祖が神道大本)と関わりが深いことも、出口王仁三郎師の側近だったことも知りませんでしたので、白黒の映像で開祖が祝詞を奏上する姿を拝見してもよくわかりませんでした。


先生はご自身が開祖に教わったように教えてくださいました。いつも手のひらの中心に「ス」の神様を意識するようにとおっしゃいました。「氣」の稽古が多かったです。


「ス」の神様のことを、当時知る由もありませんでしたが、昨年から神様に導かれるようになってからというもの、今は「ス」の神様のご存在をわからせていただけるようになりました。


それから門下生が20名くらいになったころ、稽古中に「これで終い!」と開祖の声(?)がしましたので、それをきっかけにお役割を終えさせていただいたのでした。


これで武道を卒業させていただけると思っていたのですが、それから6年後、再び別の合気道場に入門することになったのです。


そこは友人が稽古している道場で一年くらい前から来るよう何度も誘われていた道場でした。


そこの稽古は大変変わっていて、合気道の技をほとんどせず、指先一本から発する氣で相手を倒すことをやっていました。


この技は自我意識があったらできない技でした。


「宇宙意識に到達していなければできません」


と先生はおっしゃっていました。

無我でありながら、深い感謝の思いがなければ決して技を極めることはできず自己の内面が技として現れるものでした。わたしは先生の氣と同調すれば技を極めることができました。

ここの合気道の先生は


八段の有段者でもできない最難関の稽古をやっています


とおっしゃっていました。

なんとここの先生は五井先生の教えを実践しておられたのです。今から二年前、わたしは先生に五井先生の本をいただきました。わたしは以前合気道のお世話役をしていたころに、開祖とともに五井先生が世界平和のメッセージを送ってくださっていたことをこのときでさえ気づかずにいました。

これは五井先生の教えが刻印された「ピースポール」。


五井昌久先生の著著「日本の心」では、『翁が開かれた合気の道は、全く平和の道であって、真の武とは、戈を止めるという文字の示す通り、戦争や争いを止める道なのである。植芝先生こそ、正に世界において、はじめて武の奥義に達した人というべく、昇天して私と共に平和運動に働かれることも、すでに神界において定められた道であったのだろう。』と述べられています。


わたしはこの一文を読んで、「ああ、あのとき開祖と五井先生はたしかにサポートしてくださっていた。なんとありがたかったことだろう・・・。」と深く感謝したのであります。


これらはすべて神様の神はかりだったのだなあ、と今ならわかります。


当時、合氣道の稽古中にわたしは空間が小さな粒粒で満たされているという不可視の空間を視覚化する体験をしました。自分はとうとう頭までおかしくなってしまったのだろうかとショックで誰にも言えませんでした。脳の病気ではなかろうかと思うと怖かったのです。


けれどそれは脳の病変ではなく、すべては愛で満たされていて、空気でさえ愛だったと後になってから気付かされたのです。

同時に、今まで考えもしなかった「色即是空、空即是色、天上天下唯我独尊」の意味が理屈を超えてわかったのでした。


わたしは去年から「ストリートファイターシリーズ」に神様が隠されていたことに気付きはじめ、HPにその体験と気づきを書くようになりました。


HP(ひのもと復活!新しい地球へ

神様はヒントは与えてくださいますが、答えは自ら出した後に示してくださいます。このあたりのことはHPに書きましたが、ストリートファイターシリーズに隠されていた『日月神示』に記されていた「五度の岩戸閉め」を洞察し、原因を突き止めることを知らず知らずのうちに実践してゆくことになっていったのです。


日月神示』は大本教と関わりが深く、植芝盛平翁の信仰がここにあったことを、わたしはこの時初めて知りました。


結局、わたしがストⅡのリュウさんを見て落雷のごとく衝撃を受けたのは、26年後の未来のミッションを受け取っていたのかもしれないと今は思うのです。

実は小説よりも奇なり」というのは本当です。想像を超えた体験の連続ですが、これは本人にしかわかりえないことです。誰もが個々様々に体験されているように。


自分で答えを出した後、日本神界の神々様、封印されていたアラハバキの神々様、歴代天皇様と同時空間でご交流させていただく体験をしました。


わたしは霊感はありませんので、全く見えない触れない聞こえませんでしたが、御神業師様は


高次元の方々と周波数が著しく違うと、肉体や精神に何らかの不調和を起こすことがあります


とおっしゃいました。

わたしは全く変化がありませんでしたので「なんだ、神様ってもっとモワーッとかギラギラとかしているのかと思ったのに、何にも感じないんだ」と少し残念だったりしましたが、本当は常に密接に実在されておられたのです。わたしたち人間が神様をあまりにも切り離しすぎていたせいで感じることができなくなってしまっただけなのです。


高次元には神様以外にも天使や宇宙人などがたくさんご存在されておられます。どの御存在も人間をサポートしたくてずっとお待ちになっておられます。そして人間の波動が高次元の方々とご交流できる周波数まで上げなければ同調することができません。要するに人間の自我があったら高次元の方々とは同調できずお役割不可となってしまうのです。


『波動の法則』の足立育朗さんがおっしゃるには


役割をされる人間が非常に少ないのです。たくさんの高次元の方々が、役割をされる人間をお待ちになっておられます


とのことです。

HPやブログを書き始めた時にはまったく予想もしなかったことを、今こうして書いています。そもそも26年前にリュウさんを見た時に衝撃を受けた自分自身が基地外だと思っていましたから、わたしのことを基地外だと思ってくださってもかまいませんよ(笑)

いずれにしてもこういうことは、人に言えることではありません。こういう話は受け入れられないのは当然ですから。でも、今はこういう話も興味を持って下さる方も増えてきました。それだけ地球の周波数が上がっているのだと思います。


一方で、世の中を見渡してみると、世界の動向はますますエゴの方向へ突っ走っていることも明らかです。一個人ができうることは自分のエゴを極力減らすこと、感謝を深めることです。自分の周波数をエゴに同調しないように、日々ポジティブでいることです。


著しく不調和に陥ってしまった日本人が自我意識から目覚めて地球を救うことをしなければ、大峠を越すことはできません。タイムリミットが迫っています。


人間が神々と一体となって、神々の手足となってこの三次元で役割を実践することが、宇宙の計画のようです。しかし人間は生まれたときから洗脳され続け、無知と自我と欲のために役割を忘れて記憶喪失になってしまいました。


気づいた人から自我意識を統合意識に変換し、身魂磨きをして神様に使っていただけるように努めなければならないのですが、このことをわかる人はとても少ないとのことです。


どこまで行っても「これでよい」ということはありません。気づけば気づくほど、謙虚になり感謝を深めてゆくのです。


わたしもこれからが本番だと感じています。次なるテーマは「和合」がキーワードです。これまでは個人レベルの意識変換でしたが、次は「家族との和合」の方法をお伝えすることができればと思っています。

今回もおめどおしいただき、まことにありがとうございました。


【サムハラ龍王・スサノオ命】のお導きについては次回も続きます。


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【サムハラ龍王・スサノオ命】に導かれて その1「出現!」

龍神様は強いからこそ戦わない。本当に強い人は相手と戦わず受け止められる人。




by new-jomon | 2019-07-27 18:43 | 自己開示・神化への道 | Comments(0)

【サムハラ龍王・スサノオ命】に導かれて その1「出現!」

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「瀬織津姫からのミッション」は続いております。

直観ー実践行動ー記録を(1)~(18)までアップしてまいりましたが、

7月にこれまで書き綴ってまいりました記事とは別の

「お導き」

がございまして、別シリーズとして書かせていただきます。


(瀬織津姫のミッションの続編は後日書かせていただきます)


2019年7月20日。

この日、わたしは人としてのスサノオ命様と出会わせていただきました。

ちょうど19年前のその日、富士山で

素戔嗚命「復活の儀」が執り行われておりまして、

素戔嗚命に仕掛けられた封印が解除された日だったのでした。

さて、それからちょうど19年後に

わたしはスサノオ様と天王寺でお会いする約束を交わすことになったのです。
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その翌朝、不思議な夢を見ました。


わたしはなぜか「サムハラ神社行き」の最終電車に乗っていました。

(実際はそんな電車は存在しません)

終点(サムハラ神社付近)で降りたのですが、目的地は天王寺だったので、

駅員さんに

「天王寺に行きたいのですが、どうしたらいいですか?」

とお尋ねしましたら、

駅員さんはバスの運転手さんたちに掛け合ってくださって、

「このバスに乗ったらええよ」

と、最終便のバスに乗せてもらって天王寺へと向かったのでした。

夢はここで目覚めました。

「なんでサムハラ神社が夢に出てきたんやろ?」

そのときのわたしはまったく意味がわかりませんでした。
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サムハラ神社の神様は、宇宙開闢の三柱にして一なる根源神。

(あめのみなかぬし、たかみむすび、かみむすび)

その次の朝も夢を見ました。

博物館?美術館?骨董屋?みたいなところにわたしはいました。

夢の中に出てきた知らない人がわたしに

「合氣道の四方投げってどうやるの?」

と聞いてこられたものですから、わたしは

「こうやったかな~~~?」

と言いながらダンスのように両手を組んでゆらゆらしていました。

そんな様子を見ておられた合氣道開祖の植芝盛平翁が

なぜか上座にお座りになっていて、

「あんたの合氣はたわむれぢゃのう」

と言ってわたしを笑っておられました。

そこで目が覚めました。ちょうど午前4時でした。


ところでわたしは合氣道の技はまったくできませんが、

熊野本宮大社で開祖と霊線がつながってからというもの

合氣道を通して不思議な体験をさせていただいてまいりました。

ちなみに、合氣道開祖とサムハラ神社はとても深い関わりがあります。

その詳細は一度に書ききれませんので、後でリンクを貼らせていただきます。

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さて、「天王寺」は大阪の中心地です。

それにしてもなぜ待ち合わせ場所が天王寺だったのでしょう?

いや、天王寺でなければならなかったのです。
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てんのうじ。

ごずてんのう。

スサノオ命・・・。


さて、天王寺には「あべのハルカス」という、日本一高い商業ビルが建っております。

そのビルの中に美術館があります。

ちょうど今の期間は「ギュスターヴ・モロー」展が開催されておりました。

わたしは大阪駅から大々的に貼り出されていた

「ギュスターヴ・モロー」展のポスターを横目で見ていました。

わたしは神秘的なモローの絵が好きでしたので、

「見に行きたいな~」

と思いながら天王寺行きの電車に乗っていたのです。


そして待ち合わせの場所はハルカスの19階。

モロー展の美術館はハルカスの17階でした。

「サムハラ龍王」「天王寺」「合氣道開祖」「モロー」

これはすべてお導きだったのです。

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ギュスターヴ・モロー展

代表作はポスターの『出現』


モローは三次元に存在しない世界観ばかりを描いた「象徴主義」の画家です。

分かりやすく言うと「神話」「聖書」を主題にした絵を専門に描いたのです。

モローは

「私は見えないもの、感じるものだけを信じる」

という有名な言葉を残しています。

ご興味のある方は、ぜひ「あべのハルカス美術館」へ。


追記

スサノオ命は、とてもとってもやさしくて力強い神様です。

魂の奥底からお慕い申し上げてきた神様です。

日本人はみな、この神様を思い出したらすぐにわかられます。


日本は、

これからの大難を超えてゆく先駆けの国となります。

これはお役割なのです。

なぜなら「日本は雛型」だからです。

日本に起きたことは世界でも起きるしくみです。

日本は必ず大難を迎えることになっていますが、

スサノオ命様がお救いになられます。

これは筋書通り決まっているのです。

かつて「ヤマタノオロチ」を退治された筋書きを、

もう一度再現なさるのです。

これは神界において必ず成し遂げられることになっています。

日本に降りかかる大難は、明確にはわかりません。

明確なのはこの国の救世主の神様はスサノオ命様なのです。

日本人は長きに渡りこの神様を荒ぶる神、悪神、鬼としての集合意識を構築してしまいました。

日本人の親神さまであるスサノオ様を誤った認識をしてきたこと

このことに一刻も早く気づいて意識を変換し、

心の底からお詫び申し上げ、

すべての罪穢れを背負い

長きに渡り陰ながら日本と日本人を守りつづけてくださった

スサノオ命様に感謝し、

日本人がもとの日本人としての在り方を思い出して

親神様にまつろうこと。

まつろうとは、周波数を合わせること。


スサノオ命様がこの国を御救いになられるためには、

日本人ひとりひとりが目覚めておかなければなりません。


スサノオ命様がもう一度ヒーローの神としてこの国を厄災から守られることは

正しい神話に書き直すために必要なのです。

記紀神話は書きなおされる。

大難をくぐりぬけたあとの新しい地球を創造するために。



【サムハラ龍王・スサノオ命】については次回も書かせていただきます。



今回も最後までお読みいただきましてありがとうございました。

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by new-jomon | 2019-07-27 18:33 | 自己開示・神化への道 | Comments(0)

(18)瀬織津姫からのミッション②3S政策を解除せよ!

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このシリーズ記事は直観ー実践行動レポート形式となっております。

一連の記事をまとめますと、


リュウさんの鬼化を洞察してみました。
ストⅤのリュウさんが鬼になってしまった現象から気づきを得、
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ストリートファイター5「影ナル者」


(2)
直観で導かれた神社が「鬼」にされたスサノオ、瀬織津姫、饒速日を祀る鬼門封じの神社と
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片埜かたの神社(筆者撮影)


阿弖流為の首塚でした。(2019年3月9日)
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牧野公園 伝阿弖流為・母礼之塚(筆者撮影)


(4)
アテルイからの伝言
阿弖流為からのメッセージを受振し、

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牧野公園 伝阿弖流為・母礼之塚(筆者撮影)

、、
(5)
阿弖流為と楠木正成
阿弖流為から楠木正成公の家紋のシンボルがひらめいて(2019年3月9日)
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『小河ドラマ 楠木正成』より

楠木正成公の家紋のシンボルが瀬織津姫だと直観したので、
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建水分神社と
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建水分神社(筆者撮影)


楠公誕生地へ赴き(2019年3月17日)
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楠木正成公誕生地(筆者撮影)
藤原京と歴代天皇の因縁
楠公誕生地から藤原京に立ち寄りました。(2019年3月17日)
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藤原宮(筆者撮影)


(9)
持統天皇と藤原不比等、歴代天皇の因縁に気づきがあり、
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藤原宮(筆者撮影)


(10)
崇神天皇とオオタタネコ
「オオタタネコ」と直感を得て次に向かったのは大神神社でした。(2019年3月17日)
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大神神社(筆者撮影)


(11)
ナガスネヒコと白龍大神
そして帰阪する途中、ニギハヤヒとナガスネヒコの本拠地を通過し、
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ナガスネヒコ本拠の碑(筆者撮影)



白龍大神に導かれたのでした。
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日東白龍大神(筆者撮影)


(12)
日本一美しい女神・玉依姫
白龍大神で直観を受けて下鴨神社の河合神社にご参拝し(2019年3月24日)
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河合神社(筆者撮影)



(13)
知られざる裏天皇八咫烏
その後、賀茂御祖神社(下鴨神社)へとご参拝した後、
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下鴨神社(筆者撮影)


(14)
大物主は白龍白蛇の神様
賀茂別雷神社(上賀茂神社)へとご参拝したのでした。
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上賀茂神社(筆者撮影)


(15)
牛頭天王と鬼子母神
そして直観に導かれて同年3月31日 五字神社へ
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五字神社(筆者撮影)

同年4月3日 鬼子母神安置の妙唱寺へ
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鬼子母神安置 妙唱寺(筆者撮影)


(16)
神々からのメッセージ「砂」「蛇」「貝」の暗号を解き明かして、
同年5月5日、大阪府四條畷市砂へ。
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砂遺跡(筆者撮影)


龍神さんの夢を見て生駒山上の八大龍王総本山へご参拝して参りました。
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八大龍王総本山(筆者撮影)


行動履歴

2019年3月9日 片埜神社へ
 同日 牧野公園 阿弖流為と母礼の首塚へ
同年3月17日 建水分神社
同日 楠公誕生地
同日  藤原京跡へ
同日  大神神社へ
同日 生駒山から白龍大神へ
同年3月24日 河合神社へ
同日 賀茂御祖神社(下鴨神社)へ 
同日 賀茂別雷神社(上賀茂神社)へ
同年3月31日 五字神社へ
同年4月3日 鬼子母神安置の妙唱寺へ
同年5月5日 砂遺跡へ
同日 八大龍王総本山へ
同日 生駒山上テレビ放送送信所へ 


今回の記事は(17)瀬織津姫からのミッション①八大龍王総本山へ の続きとなります。




さて、わたしは令和の元号が発表されて3日目の朝、ある夢を見ました。

わたしは夢の中で石切にいました。

わたしは電車に乗ろうと石切駅に向かっていたのです。
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石切駅高架下(筆者撮影)

駅に近づくと、どこからともなくスピーカーで音楽が流れてきました。

その音楽は、大祓の詞ことばでした。
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石切駅に向かう(筆者撮影)

駅にいる人はみな、静かにその祝詞を聞いていました。

そしてこの駅の上に巨大な龍神さんがお座りになって、祝詞を気持ちよさそうに目を閉じて聞いておられました。



わたしは、龍神さんも祝詞は心地よく聴かれるのだなあ、と見上げていました。

石切にまします龍神さんといえば、八大龍王すなわち瀬織津姫。

大祓の詞には「瀬織津姫」の御神名が出てきます。

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ああ、もうすぐ「瀬織津姫」のフレーズがでてくるあたりだなあ、

と思ったそのとき、

「速川の瀬に坐す 瀬織津姫と言ふ神」

のあたりでノイズが入ってしまい、聴きとれなくなってしまったのです。
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ああ、いちばんの聴き所なのにぃぃぃ~~~!!

(≧◇≦)

と、わたしは心の中で突っ込みまくっていました。

そのとき突然突風が吹きあがり、前に進めないくらい猛烈な風が巻き起こりました。

竜巻?

見上げると、竜神さんがお怒りになっていることに気づきました。

この龍神さんはやはり瀬織津姫だったのです。

ちょうどいいところでノイズが入ったことに怒りと落胆が同時に感じられました。

そのとき、わたしは瀬織津姫の思いが伝わってきたのです。

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ニギハヤヒを解き放って

と。

そこで目覚めました。


その夢が何を示しているのか、わたしはすぐにわかりました。

それは下の写真に答えがあります。

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生駒山(筆者撮影)

わたしは生駒山麓で生まれ育ちました。

昭和50~60年代を過ごしたこの生駒山麓では、テレビはほとんどノイズが入っていたのできれいな画面でテレビを見ることができませんでした。

当時唯一きれいに映ったのは神戸から電波が飛んでくるサンテレビだけでした。

(サンテレビといえばおっさんテレビ。メインは阪神戦とつり番組)

ほとんどのテレビ局は大阪平野にあるのですが、テレビ塔は生駒山上に何本も突き刺さっていたのです。

わたしは子どものころ、お山に刺さった杭を抜いてあげたいとずっと思っていました。

そのため、龍神さん(瀬織津姫)の夢が意味することがすぐにわかったのです。


今回生駒山上に登ったのは、この夢を見たからです。

そのために、まず八大龍王総本山にご参拝してから、ミッションの実践という段取りだったのでした。

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八大龍王総本山(筆者撮影)

八大龍王総本山から山伏の方が行列をなした後を追いながらテレビ塔に向かいました。

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生駒山上の地図。

お山の上に刺さった杭は、近くで見るとまるでミサイル基地のようです。

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生駒山上(筆者撮影)

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生駒山上遊園地(筆者撮影)

生駒山上遊園地へ来るのは数十年ぶりです。近すぎて案外行かないものです。

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生駒山上遊園地(筆者撮影)

あらためてここに来てみると、遊園地とテレビ塔が同敷地にあるという違和感がありました。

これはミサイル? 

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生駒山上遊園地(筆者撮影)

東京タワーのミニチュア版?

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生駒山上遊園地(筆者撮影)

遊園地のすぐ隣にはテレビ局の電波塔が並んでいます。

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よみうりテレビ(筆者撮影)

わたしは子供のころから「スポーツ・芸能ニュース」がはじまると、チャンネルを変えるくせがありました。子供の頃からスポーツにも芸能界にもまったく興味がなかったんです。

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よみうりテレビ・毎日放送(筆者撮影)

しかしわたしがチャンネルを変えるとスポーツ好きの父によく叱られました。その癖が今でも抜けないので、今は夫によく叱られます。(^^;

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よみうりテレビ・毎日放送(筆者撮影)

龍神さんの夢を見て、すぐに生駒山に刺さったテレビ塔のことだとわかったのですが、わたしはなぜかこの時、安岡正篤(まさひろ)先生のことが思い浮かんでいたのです。

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朝日放送(筆者撮影)

安岡正篤先生も生駒山麓で育った方です。奇遇にもわたしと同じく神武東征の古戦場で少年時代を過ごされました。高校はこれまた奇遇にも四條畷まで通っておられたのです。わたしの実家は四條畷です。四條畷には縄文遺跡があります。このことについては(16)「砂」に隠されたニギハヤヒと瀬織津姫の封印を解除せよ!に書かせていただきました。

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朝日放送(筆者撮影)

安岡正篤先生は昭和の黒幕といわれた政財界・皇室の方々の精神的指導者でした。終戦の玉音放送の原稿を書かれたのは安岡先生でした。安岡先生は日本人で唯一GHQと対等に交渉された人物でした。

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朝日放送(筆者撮影)

安岡先生は戦後、日本人が二度と立ち上がれないよう骨抜きにするためにGHQが3S政策で洗脳しようとしていることを知らされた方でした。

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関西テレビ(筆者撮影)

3S政策とは、スクリーン、スポーツ、セックスで誤った快楽を覚えさせて真実から目を背けさせ、目覚めさせないように洗脳することです。これは近代のプログラミングツールでした。

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関西テレビ(筆者撮影)

スポーツは勝利の奪い合い、セックスは本来の性エネルギーを目覚めさせないために誤った性知識を植え付けるため、スクリーンはあらゆるエゴの世界を見せて洗脳するための手段です。

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関西テレビ(筆者撮影)

戦後74年も経った今、3S政策は大成功を納めました。人々は虚構の世界を本当の世界だと錯覚し、莫大なお金を動かすことができました。

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NTT西日本(筆者撮影)

人類史上これほどまで悪仕組みが巧妙に仕組まれた時代はなかったのではないでしょうか。

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NTT西日本(筆者撮影)

世界の支配層が日本人を骨抜きにして洗脳し根こそぎ奪って滅ぼそうとしていたのは、日本人は神の遺伝子が埋め込まれた人類のプロトタイプだったから。

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NTT西日本(筆者撮影)

けれど九分九厘日本人が貶められたときに、神一厘の仕組みで遺伝子が目覚めるようになっているのです。それは、どん底の窮地に陥ったときに真実を求めようと渇望感と引力がはたらくからです。

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毎日放送(筆者撮影)

人が最も危ういのは、有頂天になっているとき。バブルは六道の「天」の世界でした。この世界にいるときは六道輪廻から抜けることはできないということが今ならよくわかります。

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毎日放送(筆者撮影)

外に求めているうちは、本当の自分の内側が見えません。

羨望、嫉妬、責任転嫁、批判、被害者意識、不安、恐怖、固定観念、過去の体験に基づいた未来への期待・・・。

これらが自分の中にあるうちは六道の世界にいるのです。

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毎日放送(筆者撮影)

誰しも、繰り返し体験してきたことを捨てることに恐怖がある。未体験を恐れる。体裁を守れなくなることが怖い。だから慣れ親しんだ六道の世界にいる方が安心するのです。みんなもその世界にいるのですから。

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毎日放送(筆者撮影)

六道の世界から出ることはとても勇気がいります。けれど六道の世界から出る決心をすると必ず試される時が訪れます。これまでにないきつい体験をさせられます。すべてを失ってしまったら、覚悟を決めて腹をくくるしかないからです。そのとき神一厘の仕組みが発動するようになっているのです。

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毎日放送(筆者撮影)

神一厘の仕組みが発動したら、すべて神様に委ねるほかないと気づかされるのです。

「神様の御心のままに従う」

これが太陽信仰です。神様の御心に従うには何千年も染みついたエゴを徹底的に浄化しなければならないのです。

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毎日放送(筆者撮影)

思い出さなければならないのは、六道輪廻を繰り返して来た過去世の自分ではなく、神と一体になっていた頃の記憶なのです。日本人が神人合一していた時代は縄文時代。しかし日本人から縄文の記憶を封印するために、為政者は徹底的に縄文の痕跡を消去したのです。縄文の神を封印し、鬼の姿に変えて人々から遠ざけたのです。

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生駒山上鬼取山(筆者撮影)

ここは生駒山上の「鬼取山」。土地には記憶を消されないために元の神の痕跡が必ず残されている。

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生駒山上鬼取山(筆者撮影)

「イワレビコは吉野から暗峠を通ってナガスネヒコを誅してニギハヤヒから大和を平定し神武天皇になりました」

「大海人皇子は吉野から大津宮の大友皇子(弘文天皇)を誅して天武天皇になりました」

暗号は幾重にも仕掛けがなされている。

神話に隠されていたことの一つは、皇統が直系から傍系に移ってしまったこと。

万世一系システムは直系から直系へと受け継がれてゆくのが秩序だった。

秩序が守られていれば、血統が途絶えることはないのです。

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生駒山上鬼取山(筆者撮影)

神話はことごとく秩序が逆転している。

日本の記紀は悪仕組みのプログラミングツール。

日本の危機は悪の計画どおり集合意識が構築されたことだった。

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生駒山上から大阪平野と六甲山を望む(筆者撮影)

記紀編纂1300周年となる2020年をもってプログラムは完成すると同時に終了する。よって律令制度は完成とともに終焉を迎える。それが「令和」。これまでのシステムだった社会保障も破たんを迎える。

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生駒山上から生駒市内を望む(筆者撮影)

救われる道は、六道から抜け出して自分の中にいる神様とつながっておくこと。この際、地位名誉財力はまったく意味を為さない。

どんなに先が見えなくても、恐れを拭い去って神様を信じ切り、すべてを神様の御心に委ねる覚悟を決めること。

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NHK(筆者撮影)

幾重にも仕掛けられたコントロールの支配下から抜け出すためには、エゴを変換しておくことが必須です。そして自分の中にいる親神さまにつながっておくこと。この世界のからくりはどの神に意識を合わせるのかによって決まる。人類の大多数が元の神を思い出せたら集合意識は書き換えられる。すべては自分の自由意思による選択に委ねられている。

この地球は神と神の戦場だった。

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NHK(筆者撮影)

3大民放とNHKが生駒山にテレビ塔を立てたのは、真の太陽神を強力な周波数の電波で封印するためだった。すなわちニギハヤヒ山(生駒山)は戦後より3S政策の拠点となっていたのでした。

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生駒山上遊園地(筆者撮影)

しかし封印は見破ってしまえば解除できるのです。

そして一人でも多くの方がカラクリを顕在意識で認識すれば効力は低下します。

大多数の人々がこのことを認識すれば、集合意識を書き換えられるのです。

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生駒山上遊園地(筆者撮影)

このとおり、ニギハヤヒ山は3S政策の拠点となっていただけでなく、地獄の拠点となっていたのでした。

さて、封印解除はこれからです。皆さまの御協力が必要です。

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このブログを読んでくださった皆様、お山に刺さっていた杭を、ろうそくをイメージして抜いていただけませんか?

「3Sの世界を十分に体験し学ぶことができましたので卒業します。お役割をありがとう」

と心で思いながら。

テレビ局関係者とそのご家族の方へは、ソフトランディングで変化を迎えられるように愛をもって。

一人でも多くの方に伝えていただければ龍神さん(瀬織津姫)はとてもよろこばれます。



今回も最後までお読みいただきましてありがとうございました。

日本人を目覚めさせるためにこのブログを書いています。

皆さまによりますブログの拡散のご協力をお願いします。

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ニギハヤヒに捧ぐ

無知と自我と欲について①

無知と自我と欲について②



by new-jomon | 2019-07-18 20:00 | 日本の歴史を蘇らせる | Comments(1)

(17)瀬織津姫からのミッション①八大龍王総本山へ


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このシリーズ記事は直観ー実践行動レポート形式となっております。

一連の記事をまとめますと、


リュウさんの鬼化を洞察してみました。
ストⅤのリュウさんが鬼になってしまった現象から気づきを得、
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ストリートファイター5より


(2)
直観で導かれた神社が「鬼」にされたスサノオ、瀬織津姫、饒速日を祀る鬼門封じの神社と
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片埜かたの神社(筆者撮影)


阿弖流為の首塚でした。(2019年3月9日)
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牧野公園 伝阿弖流為・母礼之塚(筆者撮影)


(4)
アテルイからの伝言
阿弖流為からのメッセージを受振し、

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牧野公園 伝阿弖流為・母礼之塚(筆者撮影)

、、

(5)
阿弖流為と楠木正成
阿弖流為から楠木正成公の家紋のシンボルがひらめいて(2019年3月9日)
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『小河ドラマ 楠木正成』より

楠木正成公の家紋のシンボルが瀬織津姫だと直観したので、
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建水分神社と
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建水分神社(筆者撮影)


楠公誕生地へ赴き(2019年3月17日)
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楠木正成公誕生地(筆者撮影)
藤原京と歴代天皇の因縁
楠公誕生地から藤原京に立ち寄りました。(2019年3月17日)
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藤原宮(筆者撮影)


(9)
持統天皇と藤原不比等、天皇の因縁に気づきがあり、
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藤原宮(筆者撮影)


(10)
崇神天皇とオオタタネコ
次に向かったのは大神神社でした。(2019年3月17日)
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大神神社(筆者撮影)


(11)
ナガスネヒコと白龍大神
そして帰阪する途中、ニギハヤヒとナガスネヒコの本拠地を通過し、
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ナガスネヒコ本拠の碑(筆者撮影)



白龍大神に導かれたのでした。
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日東白龍大神(筆者撮影)


(12)
日本一美しい女神・玉依姫
白龍大神で直観を受けて下鴨神社の河合神社にご参拝し(2019年3月24日)
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河合神社(筆者撮影)



(13)
知られざる裏天皇八咫烏
その後、賀茂御祖神社(下鴨神社)へとご参拝した後、
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下鴨神社(筆者撮影)


(14)
大物主は白龍白蛇の神様
賀茂別雷神社(上賀茂神社)へとご参拝したのでした。
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上賀茂神社(筆者撮影)


(15)
牛頭天王と鬼子母神
そして直観に導かれて同年3月31日 五字神社へ
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五字神社(筆者撮影)

同年4月3日 鬼子母神安置の妙唱寺へ
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鬼子母神安置 妙唱寺(筆者撮影)


(16)
神々からのメッセージ「砂」「蛇」「貝」の暗号を解き明かして、
同年5月5日、大阪府四條畷市砂へ。
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砂遺跡(筆者撮影)






行動履歴

2019年3月9日 片埜神社へ
 同日 牧野公園 阿弖流為と母礼の首塚へ
同年3月17日 建水分神社
同日 楠公誕生地
同日  藤原京跡へ
同日  大神神社へ
同日 生駒山から白龍大神へ
同年3月24日 河合神社へ
同日 賀茂御祖神社(下鴨神社)へ 
同日 賀茂別雷神社(上賀茂神社)へ
同年3月31日 五字神社へ
同年4月3日 鬼子母神安置の妙唱寺へ
同年5月5日 砂遺跡へ
同日 八大龍王総本山へ


今回の記事は(16)「砂」に隠されたニギハヤヒと瀬織津姫の封印を解除せよ!の続きとなります。




新元号が発表された4月。

わたしはなぜかある曲がず~~っと脳裏にまとわりついていました。

きっかけは、夫が「昔カラオケで歌った唯一の曲やった」

といって、ユーチューブで聞かされたスターダストレビューの

「夢伝説」

この曲を初めて聴いたわたしは

なぜか懐かしくて切なくて、

泣きたくなったくらい胸にじ~~~んと来たのでした。

不思議なのは、この歌詞が個人的体験として感じたのではなくて、

魂の奥が探し求めていた「ふたり」の出会いを切望していたような感覚です。

それは、わたしたちの親神様である夫婦神様がやっと出逢えたことへの感動です。


「夢伝説」は

「七夕伝説」であり、

引き裂かれた夫婦神の

めぐり会いの歌です。


それからわたしは毎日毎日何回も何回もこの曲を聴きました。

今、この記事を書きながら聴いていても目頭が熱くなってきます。


ボーカルの根本要さんがつくられた曲です。

わたしはこの方のラジオを学生時代に聞いていました。

彼はしゃべり上手のミュージシャン。

やっぱり音楽は宇宙から情報を降ろして創作されるんだと思いました。

「夢伝説」


わたしはこの曲に憑りつかれたように聴いていたのですが、

令和の元号が発表された4月になって3日目の朝にある夢を見せられたのです。

それは、龍神様からのメッセージでした。

その内容は次回に書かせていただきます。

今回の内容は、夢で見た龍神様からのミッションを実践した記録です。




さて、砂遺跡に向かったその後、生駒山へ行きました。

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元伊勢籠神社の参道で購入した貝がらと蛇の指輪(筆者私物)

生駒山には八大龍王総本山があります。

わたしは八大龍王とは、ナガスネヒコであり瀬織津姫だと直観していました。
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石切神社 八代龍王(筆者撮影)

今までは、石切の八代龍王と、
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石切神社 八代龍王(筆者撮影)

三輪山の八大龍王にはご参拝させていただいたのですが、
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八大龍王弁財天大神(筆者撮影)
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八大龍王弁財天大神(筆者撮影)

生駒山上にある八大龍王総本山にはご参拝したことがありませんでした。

なぜ、今回ご参拝させていただくことになったのかといいますと、

夢に龍神さんが出て来られたからです。

(その夢の内容は、次のブログに詳しく書かせていただきます。)



とてもややこしいのですが、

一日のうちに同時多発的にメッセージが来ると、

時系列にわかりやすく書かせていただくことが難しいので、

読み切り連載という形式で書かせていただいております。

そして一日のうちに何か所も訪れることになりますので、

訪れた場所ごとに書かせていただいております。

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生駒山(筆者撮影)

いざ、生駒山上の八大龍王総本山へ!

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この日は2019年5月5日。八大龍王 春の大祭。

ふと訪れたときにお祭りだったら、神様に呼ばれたサインです。

この日がお祭りだと知らずにいたわたしはやはり瀬織津姫に呼ばれたんだと思いました。
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八大龍王総本山(筆者撮影)


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菊水の神紋に龍の文字。

菊水紋は楠公さんの家紋であり、瀬織津姫のシンボルです。そして瀬織津姫は龍神様。

やはり八大龍王は正真正銘の瀬織津姫だったのです。
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八大龍王総本山(筆者撮影)

ここには八大龍王を筆頭に、八百万の龍神様の石碑がたくさん祀られていました。
どの龍神さんの写真もアップさせていただくのがよろしいかと感じましたので貼らせていただきます。
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八大龍王総本山(筆者撮影)

おおっ!これはこれは白龍大神様ではございませんか。
一連の記事にも書かせていただいております。お導きいただきありがとうございます。

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八大龍王総本山(筆者撮影)

龍の坐すところには必ず水場があります。
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八大龍王総本山(筆者撮影)

生駒山は古来より生駒修験(しゅげん)の霊場でした。
ですから生駒山では今でも修験者の方をときどきお見掛けします。

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八大龍王総本山(筆者撮影)

修験道の開祖・役行者(えんのぎょうじゃ)さんも、
真言密教の開祖・空海さんも、
この生駒山で修行されていたのです。
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八大龍王総本山(筆者撮影)

生駒の南には吉野があり大峰奥駆道があります。
吉野から熊野一帯もまた、修験道の聖地です。
熊野も吉野もニギハヤヒと瀬織津姫の聖地なのです。
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八大龍王総本山(筆者撮影)

瀬織津姫は縄文の女神。なぜ縄文文明が一万数千年も栄えていたのか。
それは瀬織津姫の御神名に答えが刻印されています。
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八大龍王総本山(筆者撮影)


瀬織津姫はセオリーの女神。

セオリーとは理論。

理論とは、

原因と結果の法則を

筋道を立てて組み立てた

秩序の体系のこと。

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八大龍王総本山(筆者撮影)

つまり、瀬織津姫とは

宇宙の法則に沿った秩序の神

ということ。


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八大龍王総本山(筆者撮影)

万物は、宇宙の法則に従って秩序が体系づけられている。

ゆえに、造化三神と瀬織津姫は密接に関わっている。

大楠公が祀られている建水分神社には、

宇宙の根源神と水の神が祀られています。

御祭神は造化三神と瀬織津姫なのです。

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建水分神社(筆者撮影)
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八大龍王総本山(筆者撮影)  

記紀神話で瀬織津姫を封じたのは、

この地球で宇宙の法則と秩序に反した集合意識を構築するためだった。

為政者は宇宙の法則と秩序を逆転させて、

太陽神に逆らった世界をつくりたかったから。
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八大龍王総本山(筆者撮影)

記紀神話は呪詛。

その呪いは1300年後の今、見事に顕現化した。

宇宙の法則と秩序を逆転させ、

六道輪廻の幽界がもちこまれた世界。

その完成が今。
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八大龍王総本山(筆者撮影)

秩序に沿った生き方とは、

今の乱れた世の中で多様化した価値観では

ほとんど受け入れられない生き方です。

なぜなら

今の価値観とはまったく反対であるため、

時代に沿わないと思われるからです。

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八大龍王総本山(筆者撮影)

しかし、秩序とは不変の法則。

男は陽、女は陰。

男は太陽、女は月。

男は火、女は水、

そして子は女から生まれるように。

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八大龍王総本山(筆者撮影)

しかし、記紀神話では

女神が地獄に葬られてから

男神が神産みをし、

女神が太陽神になってしまった。

これを秩序の逆転といわずして何と言おう。

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八大龍王総本山(筆者撮影)

セオリーとは理論。

理論とは法則と秩序。

瀬織津姫は法則と秩序の女神。

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八大龍王総本山(筆者撮影)

平和で高度文明が日本を中心に何万年も続いたのは、

男神が太陽神であり、

法則と秩序が守られていたから。

瀬織津姫がどこまでも太陽神に忠誠を尽くしたのは、

それが道理だったから。

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八大龍王総本山(筆者撮影)

太陽神に従うということは、

すべての生命が秩序に沿った生き方をすること。

神武天皇が太陽に向かって戦って負けたのは、

宇宙の法則と秩序に逆らったから。
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八大龍王総本山(筆者撮影)

ところが太陽に逆らった神武天皇を勝たせるために守護したのは

女神のアマテラス。

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八大龍王総本山(筆者撮影)

神武天皇のモデルは天武天皇。

アマテラスのモデルは持統天皇。

天武天皇と持統天皇は夫婦。

この夫婦の天皇による中央集権制を確立し、

神道の最高神官であるべき天皇が仏教を信仰し

国家神道(宗教)を樹立した。

この天皇の勅命によって、記紀神話は編纂されたのです。

藤原不比等によって。
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八大龍王総本山(筆者撮影)

記紀神話により宇宙の法則と秩序が逆転した集合意識がプログラムされた。

記紀神話の本質に隠されていたのは序列と六道の思想。

下から上へ捧げさせ、魂がさまよい続ける幽界の世界。

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八大龍王総本山(筆者撮影)

地獄の世界をつくるためには、

縄文の世界を国造りしていた夫婦神を引き裂いて封じなければならなかった。

神話というプログラミングツールによって。

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八大龍王総本山(筆者撮影)

「悪平等、悪自由ならん。

あべこべならん、

逆さまならん、

女のメグリはコワいのぞ。


日月神示には

秩序の逆転が示唆されています。

封じられた神は復活し、逆転された秩序を元に戻されます。

そして幽界は消滅させられます。
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八大龍王総本山(筆者撮影)

艮金神は、もっとも封じられた鬼門の神。東北の神。

日の本を追われて東北でアラハバキ族となった。

その正体は瀬織津姫。

日高見国は宇宙の法則と秩序が最後まで守られていた。

阿弖流為が桓武天皇に滅ぼされるまで。
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八大龍王総本山(筆者撮影)

鬼門に封じられた神々こそ日本人の親神様。

そのことを思い出して、

宇宙の法則と秩序に沿った生き方を実践しなければ、

封じられてきた神々に同調することができません。

同調するためには、禊ぎが必要です。

自分のこれまでの自我意識に基づいた思い、言動をすべて認めて、

心の底からお詫びしてすっかり心を入れ替えるということです。

それが意識変換。

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八大龍王総本山(筆者撮影)

心からのおわびには必ず涙がともないます。

これまでの傲慢な生き方がどれほど愚かだったかに気が付いて

あまりのショックに自ずと号泣します。

泣いて泣いて魂を浄化するのです。

そして謙虚になってゆきます。

これが身魂磨き。

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八大龍王総本山(筆者撮影)

そして親神様は、

すべてお見通しだということにやっと気が付くのです。

そしてやっと素直に親の言うことを聞くこどもになるのです。

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八大龍王総本山(筆者撮影)

なんと!ここには白蛇さんがいらっしゃいました。
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八大龍王総本山(筆者撮影)

白蛇さんにお目にかかりたかったのですが、今日は御祭りです。

ここから先は護摩を焚かれるために入ることができませんでした。

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八大龍王総本山(筆者撮影)

修験者の方々が続々と入ってこられました。

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八大龍王総本山(筆者撮影)

ほら貝を吹き鳴らしながら行者行列がはじまりました。
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八大龍王総本山(筆者撮影)

最後まで御祭りを見ていたかったのですが、

あるところへ行かなければならなかったのです。

それはなぜか?

龍神さんが夢で伝えてこられたことを実践するためです。

この続きは次回にて。




「夢伝説」と龍神さんの夢はリンクしていたのです。


今回も最後までお読みいただきましてありがとうございました。

日本人を目覚めさせるためにこのブログを書いています。


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(16)「砂」に隠されたニギハヤヒと瀬織津姫の封印を解除せよ!


by new-jomon | 2019-07-16 08:06 | 日本の歴史を蘇らせる | Comments(0)

(16)【砂】に隠されたニギハヤヒと瀬織津姫の封印を解除せよ!

機が熟したので、封印解除を開示します。の続きを書かせていただきます。

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このシリーズ記事は直観ー実践行動レポート形式となっております。

一連の記事をまとめますと、

(1)
2019年3月にストⅤのリュウさんが鬼になってしまった現象から気づきを得、
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ストリートファイター5より


(2)
(2019年3月9日)
直観で導かれた神社が「鬼」にされたスサノオ、瀬織津姫、饒速日を祀る鬼門封じの神社と
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片埜かたの神社(筆者撮影)


阿弖流為の首塚でした。
(2019年3月9日)
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牧野公園 伝阿弖流為・母礼之塚(筆者撮影)


(4)
阿弖流為からのメッセージを受振し、

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牧野公園 伝阿弖流為・母礼之塚(筆者撮影)

、、

(5)
阿弖流為から楠木正成公の家紋のシンボルがひらめいて
(2019年3月9日)
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『小河ドラマ 楠木正成』より

楠木正成公の家紋のシンボルが瀬織津姫だと直観したので、
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建水分神社と
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建水分神社(筆者撮影)


楠公誕生地へ赴き
(2019年3月17日)
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楠木正成公誕生地(筆者撮影)

(8)
楠公誕生地から藤原宮に立ち寄りました。
(2019年3月17日)
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藤原宮(筆者撮影)


(9)
持統天皇と藤原不比等、歴代天皇の因縁に気づきがあり、
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藤原宮(筆者撮影)


(10)
次に向かったのは大神神社でした。
(2019年3月17日)
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大神神社(筆者撮影)


(11)
そして帰阪する途中、ニギハヤヒとナガスネヒコの本拠地を通過し、
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ナガスネヒコ本拠の碑(筆者撮影)


白龍大神に導かれたのでした。
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日東白龍大神(筆者撮影)


(12)
白龍大神で直観を受けて下鴨神社の河合神社にご参拝し
(2019年3月24日)
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河合神社(筆者撮影)


(13)
その後、賀茂御祖神社(下鴨神社)へとご参拝した後、
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下鴨神社(筆者撮影)


(14)
賀茂別雷神社(上賀茂神社)へとご参拝したのでした。
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上賀茂神社(筆者撮影)


(15)
そして直観に導かれて同年3月31日 五字神社へ
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五字神社(筆者撮影)


同年4月3日 鬼子母神が安置されている碑に導かれました。
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鬼子母神安置 妙唱寺(筆者撮影)




行動履歴

2019年3月9日 片埜神社へ
 同日 牧野公園 阿弖流為と母礼の首塚へ
同年3月17日 建水分神社
同日 楠公誕生地
同日  藤原京跡へ
同日  大神神社へ
同日 生駒山から白龍大神へ
同年3月24日 河合神社へ
同日 賀茂御祖神社(下鴨神社)へ 
同日 賀茂別雷神社(上賀茂神社)へ
同年3月31日 五字神社へ
同年4月3日 鬼子母神安置の妙唱寺へ
同年5月5日 「砂」へ。


さて、この続きをこれから書かせていただきます。

一連の直観実践行動記録の中で、大神神社でなぜか「砂」がひらめきました。
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大神神社(筆者撮影)

大神神社といえば御神水なのになんで「砂?」と思いました。

わたしは神社で砂が売っていることを知らなかったのですが、

社務所に砂が売られていたので購入していたのです。

そのときは、その意味が全く分かりませんでした。
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▲大神神社の御砂(筆者撮影)


大神神社を後にして家に帰る途中、

生駒のコンビニで休憩を取りました。

そのコンビニの看板には「白庭台」と書かれていたので

ニギハヤヒとナガスネヒコの本拠に導かれたのだと気づかされました。

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▲ナガスネヒコ本拠の碑(筆者撮影)

白庭台から自宅へ向かう予定だったのですが、

夫が大阪市内に行く用事があったので、

日本橋に寄り道することになりました。

その道中、なんと「日東白龍大神」に導かれ、

ここの神様に「上賀茂神社」に来るようメッセージをいただきました。

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▲日東白龍大神

そして上賀茂神社にご参拝させていただきましたら、

なんと「砂」があったのです。

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▲上賀茂神社(筆者撮影)

そして上賀茂神社の境内を歩いていたら、

木さんに呼び止められ、

そのお姿が白蛇さんだったことに気づかされました。

このとき白龍大神の神様は、

上賀茂神社の神様と同じ白蛇さんだったとわかったのでした。

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▲上賀茂神社(筆者撮影)

帰宅してから、存在を忘れていた蛇の指輪が15年ぶりに出てきたのです。

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ヘビの指輪(筆者私物)

蛇の指輪は夫の母が蛇年だったので、

オーダーメイドで作ってもらった指輪だったそうです。

結婚してしばらくしてから義母からもらった指輪でしたが、

サイズが大きすぎてタンスの奥にしまいこんでいたものでした。

このタイミングでまたもや「蛇」さん!?


この一連の具体的なメッセージの意味が何なのか。

わたしはしばらくわかりませんでした。

「砂」と「蛇」


その後、台所に置いてあった貝がらを何の気なく見ていたら、

「ハッ」としました。

この貝がらは元伊勢籠(この)神社の参道で店番をしていたおばあちゃんに声をかけられて、購入したものでした。

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籠神社の参道で購入した貝がら(筆者撮影)

これ、上賀茂神社の「立て砂」と同じやん!
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上賀茂神社の立て砂(筆者撮影)

大神神社で直観した「砂」

上賀茂神社で見た「立て砂」

元伊勢籠神社の参道で買った「貝がら」が立て砂と同じ形。


砂、砂、砂・・・。

(゚д゚)!ハッ


「砂やん!」


わたしはドンピシャでわかったのでした。

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四條畷市砂。

わたしの実家・大阪府四條畷(しじょうなわて)には「砂」という地名があったのを思い出したのです。

そこはわたしが通っていた高校があったところ。

高校時代、砂って、な~んもないところだったので「砂」という地名だと思っていました。

そういえば、

高校の校歌に「讃良川」という地名が出てきたのを思い出しました。


讃良といえば「持統天皇!」


わ~またもや持統天皇様ですか。

どうやらふか~いご縁があったようですね。

この地一帯(北河内)はかつて讃良郡でした。

そしてここはかつての讃良郡讃良。

それで調べてみました。

やはり、砂には讃良川が流れていました。

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地図をよく調べてみると、まさかの遺跡が!?

砂には遺跡があったの!?

「砂遺跡(縄文・古墳)」


ってある!?

ちょうどその日母から電話があり、

急きょ四條畷に行くことになったのです。

こんな偶然ってある!?

う~ん、こりゃもう行くっきゃない!!

いつもこんなんですけど。(^^;

で、行ってきました。2019年5月5日に。

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大阪府立交野かたの支援学校四條畷校(筆者撮影)

なつかしいな~。ここは我が母校。

当時は四條畷北高校だったのですが、

統廃合により現在は交野(かたの)支援学校に変わっていました。

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砂(筆者撮影)

砂。ここが「砂」なのです。
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砂遺跡(筆者撮影)

高校時代、学校の校舎のすぐ横にこのような塔があったなんて・・・。

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砂遺跡(筆者撮影)

ここが砂遺跡\(◎o◎)/!
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砂遺跡(筆者撮影)


この周辺には縄文中期の河川遺構があり

また古墳時代中期から後期に至る

住居跡も発見されている。

畷古文化研究保存会


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ここはニギハヤヒと瀬織津姫が拠点として日の本の国(古代大和)の国造りをした痕跡が残されていたのです。

やはり「砂」は神様からのメッセージだったのです。

そのミッションは「暗号を解読し、封印を解除せよ」とのことだったのでしょうか。
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ちょうど砂遺跡のすぐに西にイオンがります。

そこから生駒に向かって写真を撮った画像が下です。
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このように、ニギハヤヒとナガスネヒコ(=瀬織津姫)の治めていた土地は、

のちに持統天皇領となったことがよく分かります。

生駒山は縄文時代は島でした。

ゆえに縄文の人々は海辺で生活の拠点を置いていたのでしょう。

「砂」というのはかつてここが砂浜だったから付けられた地名だったのかもしれません。

そして「貝」も見つかっていたのです。

「砂」と「蛇」と「貝」・・・。

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生駒市誌より



「砂」と「蛇」と「貝」

に込められていた暗号は「縄文」。


わたしは物部氏と藤原氏の本拠地に生まれ育ち、

のちに持統天皇領(縄文遺跡)に移り住んだ・・・。

もう、自分のルーツにすべて答えがあったと認めるしかないようです。

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砂遺跡(筆者撮影)

砂遺跡には石仏群が安置されていました。
中央に祀られている石仏が隠れていてよく見えません。

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砂遺跡(筆者撮影)

こ、これは夫婦!?
まちがいなくニギハヤヒと瀬織津姫だわ、すぐにわかりました。
なぜなら・・・。
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『君の名は。』より

『君の名は。』の映画の中のワンシーンに気になっていた石仏が映っていたのを思い出したからです。

この映画はニギハヤヒと瀬織津姫の出会いが裏テーマですから、

この石仏も夫婦神の暗号だったのです。

ちなみに『君の名は。』の題名も暗号化されていますね。

き=男(イザナギ=キ)
み=女(イザナミ=ミ)
名は=縄=縄文
。=マル
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砂遺跡(筆者撮影)

この砂遺跡は、高校造成中に見つかったそうです。

大阪府内で縄文遺跡が見つかったのはきわめて稀だったそうで、

大変貴重な遺跡だったそうです。

ここの高校に通っていたわたしはそんなこと一言も教えてもらっていませんよ。

学校が郷土の歴史を教えない。

こんなことで地元に興味も持てず、

地元愛など芽生えるはずもなく、

土地はコンクリートで埋められてゆき、

田んぼや畑を耕すこともなくなり、

子どもたちは土地の神様のご縁に気づくことなく、

五穀豊穣の神様に感謝することもなく、

都会へ仕事を求めて故郷に住み着かなくなっていったのです。

これが、地方衰退の現実です。
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砂遺跡(筆者撮影)

わたしはこの夫婦の石仏をみて、

高校の英語の先生から四條畷の伝承を教えてもらったことを思い出しました。

それは「雁塔物語」という郷土の物語です。

以下、四條畷市ホームページから引用

雁塔[がんとう]物語

 戦国時代初頭の文明年間という時代のことです。

ある冬の初め、

一人の猟師が雄の雁[がん]を射止めました。

ところが不思議なことに首がどこにも見当たりません。

おかしなこともあるものだなと思いながら、

それも日がたつうちにいつしか忘れていきました。

 そして春も近づいたある日、

猟師は再び一羽の雁を射止めました。

拾い上げてみると痩せ衰えた雌の雁で、

翼の下になんと雁の首を抱えているではありませんか。

 猟師は冬の初めに射とめた

首のない雄雁のことを思い出しました。

この二羽は夫婦だったのか…。

俺の矢に倒れた雄雁の首を翼の下で温め続け、

こんなに痩せ衰えるまで

悲しみ続けてきたにちがいない。

その雌雁まで手にかけるとは!

 猟師は雁の夫婦の情愛の深さに

身もだえして泣き崩れました。

それから弓矢を折って仏門に入り、

小さな菩提石[ぼだいせき]を立て、

線香や花を絶やさなかったといいます。


 これを伝え聞いた里人の篤志者[とくししゃ]

この美しい夫婦愛を伝え残そうと、

寛延[かんえん]二年(1749年)、

牌石[ばいせき]を建てました。

 これが現在、

四條畷消防署北側の空き地に祀られている雁塚[がんづか]です。

120センチほどの牌型石塔[ばいがたせきとう]の正面に、

「鴈塔」、左側面にいわれを記した165文字の漢字が刻まれています。


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橿原神宮にいた夫婦のカモさん(筆者撮影)


わたしは高校生の時にこの夫婦の雁の物語を教えてもらったとき、単に夫婦愛のお話としか思いませんでした。

しかし、

この伝承はこの土地には夫婦の神様が守っておられたこと、

そしてその夫婦神は引き裂かれてしまったこと、

その夫婦神はニギハヤヒと瀬織津姫だったということを

暗号化して忘れないように土地の伝承として受け継がれていたのだとわかりました。

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大神神社の御祭神は「蛇」
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大神神社の「砂」

大神神社にはニギハヤヒと瀬織津姫が祀られています。
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上賀茂神社の「砂」
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上賀茂神社の「蛇」

上賀茂神社にもニギハヤヒと瀬織津姫が祀られています。

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元伊勢籠神社の参道で購入した貝がらと蛇の指輪(筆者撮影)

そして元伊勢籠(この)神社にもニギハヤヒと瀬織津姫が祀られています。
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「砂遺跡」

そしてここ砂遺跡には、かつてニギハヤヒと瀬織津姫がこの地で平和で豊かな国造りをしていたのです。それを「砂」という暗号でわたしに伝えたのだとわかりました。
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砂遺跡(筆者撮影)

縄文の遺跡には、二柱の神様が石仏として祀られていたなんて、ここの遺跡の上に建てられた高校に通っていたわたしは思いもしなかったことですが、すべては一本の線となってつながっていたことに改めて気づかされました。
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砂遺跡(筆者撮影)

わたしはこの記事を書いている最中、ある思いが湧き起ってきました。

それは、持統天皇の「思い」です。

持統天皇は、夫・天武天皇が亡き後、天皇に即位した皇后でした。

持統天皇は未亡人です。

持統天皇がモデルとなった女神のアマテラスには夫がいません。

持統天皇はもっとも封じておきたい瀬織津姫には夫のニギハヤヒがいたことをご存知だった。

そしてやはり妻には夫がいてこそ夫婦(ひとつ)であることを痛いほど感じておられたはず。

夫亡き後、息子にも先立たれ、自ら天皇となった持統天皇。

側近は初代藤原氏を名乗った藤原不比等。

日本を乗っ取った中臣鎌足の息子。

しかし自分はこの国の頂点。さぞ孤独だったでしょう。

持統天皇の思い。

それは主人に生きていてほしかったという切なる思い。

持統天皇は、きっと寂しかったのです。

そして瀬織津姫にはニギハヤヒがいつも一緒だったことが羨ましくて妬ましかったのかもしれません。

そうでなければ夫婦を引き裂くことなどできなかったはず。

自分には夫がいないという虚しい現実。

その空洞を埋める手立てはどんな権力をもってしても満たされることはなかったでしょう。

七夕伝説でニギハヤヒと瀬織津姫が引き裂かれたのも、

嫉妬が原因だったのです。

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星田神社HPより。

七夕伝説は四條畷からすぐ近くにある交野(かたの)に伝承があります。

ここにはニギハヤヒの御神体(磐船神社)が祀られています。
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磐船神社御神体(筆者撮影)


この世界は夫婦が引き裂かれた、一対の片割れだけが現象化した世界。

しかし本当は必ず万物には一対で存在するのです。

わたしがこの記事を書いていて持統天皇への憐みの思いがわいてきました。

彼女に心から寄り添ってみれば、彼女は救われるのでしょうか。
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藤原宮(筆者撮影)

わたしがなぜ、今日このような記事を書かせていただいたのかと言うと、

今朝こんな夢を見たからです。

わたしの夢に、寂しそうにしている北朝鮮の将軍さんが出てこられたのです。

まわりには勲章をたくさんつけた取り巻きは誰もいなくて、

ひとりで寂しそうに立っていました。

わたしは北朝鮮の将軍さんに

「こっちへおいで!」って普通のお兄ちゃんに呼びかけるようにお誘いしたんです。

そしたら、素直に来てくださいました。

わたしの隣にすわって、うれしそうにしていました。

わたしは常日頃思っていたことがありました。

将軍さんは玉座にいても少しも心休まることもなく、

いつも命を狙われていることに不安でたまらないだろうなあ、と

テレビの中の彼を見ていてそう感じていました。

だから夢の中で素直に隣に来てくれたのが嬉しかったんです。

将軍の座なんて、本当はもうどうでもいいのかもしれない。

でも、国を背負わなければならない因縁も背負っておられる。

諸外国との駆け引きもしなくちゃいけない。

この国を取られちゃいけない。

でも、本当はこわくてたまらない。

権力も美女も金も軍隊もいらないから、本当の自由がほしい。

かけひきもしがらみもない本当の友達がほしい。

魂の声はそう言っているように感じました。

北朝鮮には天皇の血筋が流れている。

だから北朝鮮のライバルは日本の天皇。

だから新天皇が即位した数日後、ミサイルを飛ばしたのです。

「俺がこそが天皇だ!」ってみんなに知ってもらいたかった。

でも、世界に「天皇」がいる限り、

世界中の人々は本当の心の安らぎを得られることはない。

この世界に序列がある限り、

闘争の世界は終わらない。

アマテラスでさえ、この世界の混乱をもうどうすることもできない。

それほど秩序は乱れに乱れ、混沌としてしまった。

そして復活している古い神々を封じ続けることもできない。

この世界がどうなるのかは、誰にもわからない。


・・・。

わたしは夢でうれしそうにしている将軍さんに、

「一緒に写真をとろう!」と、満面の笑みでツーショット写真を撮りました。

将軍さん、ミサイルを飛ばした時の笑みよりもいい顔していました。

わたしの周りにいた人たちが、そのことにすごーく驚いていましたが、

「この写真を世界中に拡散すれば、みんなよろこんで将軍さんの友達になってくれる」

とわたしは思いました。

そしたら世の中平和になるような気がとてもしました。

もしかしたら、世界を平和にする方法って、超簡単なことなのかもしれません。

そんなことを思ってブログを書いていたら、持統天皇のご存在が浮かび上がってきたんです。

持統天皇が北朝鮮の将軍さんと重なっているなと感じました。

どちらも、生まれたときから権力闘争の中にいた方々です。

この方々が心から安らかになられることを祈るばかりです。

とりとめのない記事になってしまいましたが、

まだ続きがあります。

夢つながりで。


今回も最後までお読みいただきましてありがとうございました。

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by new-jomon | 2019-07-12 15:45 | 日本の歴史を蘇らせる | Comments(0)

ニギハヤヒと瀬織津姫がここにも暗号化されていた。

7月7日は七夕ですが、そうめんの日でもあったのです。そうめんといえば、大阪人に馴染み深いそうめんの名産地のひとつに「三輪そうめん」があります。


わたしは7月7日の当日に、「今日はそうめんの日」とテレビが言っていたのでピンときたのです。

そこで調べてみましたら、やはりニギハヤヒと瀬織津姫が暗号化されていました。


詳しくはこちらのブログ様より引用させていただきました。

7月7日はそうめんの日!恋愛運アップのそうめんで良縁を呼び寄せよう

7月7日といえば七夕ですが、記念日としては「そうめんの日」でもあるのだそうです。 平安時代あたりから、毎年7月7日はそうめんの原型である「索餅(さくべい)」が神様にお供えされていたことからきているそうで、2005年からは同日が「恋そうめんの日」にも制定されました。
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織姫と彦星が年に一度会える7月7日、風水で「長いご縁」という意味があり、縁結び運を呼ぶとされるそうめんが神様にお供えされていたことからその名がついた、ちゃんと意味のある記念日なのです。
さらにそうめんの発祥地、奈良県桜井市の三輪には、この土地を舞台にした「糸依伝説」なる神婚神話も存在しているのだとか。

糸依伝説】 「神代の昔、活玉依姫(いくたまよりひめ)という美しい姫のもとに毎夜通って来る男性がいました。ある夜、姫は男性の身元を知ろうと彼の衣に紐をつけ、翌朝その紐を辿っていくと、着いたのはなんと神社。実は男性は神様で、後には三わ=三輪だけが残っていました。」

三輪という地名や、女性なら誰もが待ち焦がれる恋人との「運命の赤い糸」は、この神話がルーツであるとも言われています。さらに三輪には古くから「神が宿る山」として信仰されてきた三輪山があり、ここにはパワースポットとしても名高い日本最古の神社「大神(おおみや)神社」が君臨しています。(引用以上 赤字は筆者加工)

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三輪そうめんの登録商標「三ツ鳥居」


糸依伝説】 「神代の昔、活玉依姫(いくたまよりひめ)という美しい姫のもとに毎夜通って来る男性がいました。ある夜、姫は男性の身元を知ろうと彼の衣に紐をつけ、翌朝その紐を辿っていくと、着いたのはなんと神社。実は男性は神様で、後には三わ=三輪だけが残っていました。」


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上賀茂神社(筆者撮影)
玉依姫は上賀茂神社に祀られています。

玉依姫は

「賀茂縣主族の祭祀の権を握っておられた最高の女性」

「常に別雷神のおそばに侍ってお仕え申し上げておられた」女神。

つまり、瀬織津姫です。

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片埜神社(筆者撮影)

一方、片埜かたの神社にも玉依姫は祀られています。神武天皇様の御母君・下賀茂神社の神様とのこと。

賀茂神社・片埜神社はともにスサノオ、ニギハヤヒ、瀬織津姫が封じられている「鬼門鎮護」の神社です。
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片埜神社(筆者撮影)
ここは鬼が祀られているのです。


そして、翌7月8日の朝、関西ローカルではこのようなニュースが流れていました。

京都府福知山市動物園にかつて人気者としてよく話題になっていたニホンザルの「みわ」(オス)が脱走してしまい、しばらく行方不明になっていたのですが、7月7日に無事見つかったのでした。



このニュースを聞いたとき「わ~暗号満載やん」と心の中でツッコミを入れておりました。

なんでまた7月7日やったのか。これもすべて計画通りだったということですね。


では、暗号を解読して参りましょう。


行方不明のニホンザル「みわ」見つかる 

行方不明の日本去る「みわ」見つかる

行方不明の日本去る「三輪」見つかる

行方不明の日の本の三輪の神が見つかる

大物主(ニギハヤヒ)が表に出る(7月7日に)


京都府福知山市は新たな文明発祥エリア内。


ちなみに園長さんは「二本松」さん。

「日本待つ」さん。


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『ガイアの法則』

2019年7月7日は


ニギハヤヒと瀬織津姫が再会し、


日の本の神として復活されたということです。



ちなみに、三輪そうめんのマークは大神神社の三つ鳥居です。この三つ鳥居、大変重要な暗号が隠されています。このことは(10)崇神天皇とオオタタネコに書かせていただきました。

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三輪そうめんの登録商標「三ツ鳥居」

そして、二次元の世界にも三つ鳥居が暗号化されて刻印されていました。

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『ストリートファイター3・3rd』より

2018年の夏、瀬織津姫に導かれて封印解除してきた記録を書かせていただきました。この日、ニギハヤヒにも導かれたのです。その後、まさかの展開であれよあれよと導かれ、最後には神武天皇からメッセージが来たのでした。すべて1日の出来事でした。ちょっと長い記事ですのでご一読いただくのに気合がいるかもしれません。よろしければ下のリンク先へ飛んでくださいませ~。

鳥居に封印されし女神を解き放て!合言葉は「その名を呼べばよみがえる」



今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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by new-jomon | 2019-07-08 18:26 | 神々の世界を蘇らせる | Comments(0)

2019年7月7日。ニギハヤヒと瀬織津姫の再会!そしてもう離れない。

今回は「機が熟したので、封印解除を開示します。」のとおり、日本の歴史を蘇らせる」の(1)~(15)まで直観ー実践行動―体験してきた記録の続きを書かせていただこうと思ったのですが、今日は7月7日。七夕の日です。

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星田神社さまHPより七夕伝説

7月7日はたいてい曇りか雨なのですが、2019年の七夕の日は大阪は朝から珍しく晴れていました。
今日は、ニギハヤヒと瀬織津姫が夫婦として会うことができたんだなあ、もう別れ別れにはならないんだなあと嬉しく思いました。

磐船神社 (筆者撮影)
磐船神社 (筆者撮影)

ふり返ればニギハヤヒにはじめて気づいたのが
2017年の夏のことでした。
地元の神様が本当の天照大神だと知ったときの驚きと
「ああ、そうだった」という魂レベルで思い出した感覚。

天野川 (筆者撮影)
天野川 (筆者撮影)

あのとき初めて神様に申し訳なく思いました。
今まで気づかずにいてごめんなさいと。
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磐船神社御神体(筆者撮影)

ニギハヤヒが天の磐船に乗ってご降臨して来たという伝説が、単なるおとぎ話でなくなってしまった。
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生駒山上から大阪平野を望む(筆者撮影)

神話を紐解いていくと、
当たり前にあった生駒山に、まさかのニギハヤヒ山という別名があった。
神々の世界が逆転させられていて、知っている地名が改竄されていた。
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生駒山上から六甲山を望む(筆者撮影)

地元に住んでいても誰もそんなことに気づいている人はいない。
学校の先生でさえも。
それだけこの国は封印されてきたということだった。

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国道163号線 清滝峠(筆者撮影)

生駒山と大阪平野をつなぐ清滝峠から何度も六甲山を眺めてきた。あの山に瀬織津姫の御神体があるなんて思いもしなかった。
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生駒山と六甲山

ニギハヤヒは地元の神様だったからとても身近だったけれど、
わたしは瀬織津姫とは繋がれないと思っていた。
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六甲比女大神へ向かう道(筆者撮影)

なぜなら水のごとく清らかにならなければ繋がれないから。
そしてエゴにはとてもとても厳しい女神だから。
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六甲比女大神(筆者撮影)

瀬織津姫は隠されたけれど、
人間のエゴで見えなくなってしまっただけだった。
そして見えない=見にくい=醜いとされてきた。
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六甲山から六甲アイランドを望む(筆者撮影)

瀬織津姫はもともとの天照大神(ニギハヤヒ)の妻。
とても重要な女神なのに神話には登場しない。
けれどちゃんと登場していた。
神武天皇のラスボス・ナガスネヒコとして。
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瀬織津姫が祀られている土地には必ず水場がある。
このとおり、ナガスネヒコの本拠の碑には池があり、
太陽が背になるように祀られているから。
ナガスネヒコは復活する。ニギハヤヒとともに。
今度は瀬織津姫として。

はじめて瀬織津姫の御神体に呼んでいただいた記事はこちらです。目覚めのタイミングは2017年、2018年に着実に起きていたことがわかります。2019年はもっと加速していてもう進むしかない段階です。気づけば2020年まであと半年なんですね。

【七夕祝②】につづきます。

by new-jomon | 2019-07-07 18:31 | 神々の世界を蘇らせる | Comments(0)

機が熟したので、封印解除を開示します。

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長いこと書けずに気になっていた記事があります。カテゴリー「日本の歴史を蘇らせる」の(1)~(15)まで直観ー実践行動―体験してきた内容を実況中継のごとく記事を書き綴ってまいりましたが、実は続きがあったのです。けれど途中で別のシリーズ記事をアップさせていただくことになり、中断してしまっていたのです。

なぜ途絶えてしまったのか、といいますのは、(15)の後に平成から令和への天皇の交代があったからです。この重要なタイミングで「神武東征」の一連の記事をアップさせていただかなければならないと思い、シリーズごと連載をチェンジしてしまったのでした。
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神武天皇vsナガスネヒコ

神武天皇から続いてきた天皇制は、令和をもって最後となります。そのため、最初と最後の天皇の存在意義を確かめておきたいと思い、神武東征古戦場・ナガスネヒコの戦いの地で直観ー実践行動してきた記録をアップさせていただいたのでした。
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善根寺春日神社 神武東征孔舎衙坂古戦場(筆者撮影)

この神武天皇古戦場シリーズを改めてアップさせていただいているうちに、新たな気づきが起きまして、(1)~(15)の続きを書かせていただきたかったのですが、なぜかそのときはタイミングがまだだと感じていて手つかずのままだったのでした。
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旧生駒トンネル 白龍大神(筆者撮影)

(15)の記事は牛頭天王と鬼子母神のことを書かせていただきました。この一連の記事は鬼の姿に変えられてしまった神々の導きによって、思いもよらない展開になり行動させられていった実況中継記事でした。

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鬼子母神安置 妙唱寺(筆者撮影)
牛頭天王(スサノオ)に導かれた後、鬼子母神に導かれたのが4月3日。「令和」という元号が発表されてから三日目の朝のことでした。この日ある夢を見た後、またある場所に導かれててゆくことになったのでした。

以下の記事はすべて実況中継記事の連載です。













この記事の続きはいつか書かせていただかなくては、と気になっておりました。(15)の鬼子母神の導きの後、夢に出てこられた龍神さんの思いはとてもせつなくて、わたしも子供の頃から感じていたことをまさに「今、それを実践してください」と言われたような気がしていたので実践して参りました。5月のことでした。その事をまだ書けずにいたのです。

他にも書かせていただかなかなくてはならないことがあるのですが、記事のアップが追いつかずに申し訳ありません。わたしは隠されてきたしくみを表に出すためにブログを書かせていただいていますが、夏至を過ぎましたので続きをアップさせていただくことになりそうです。夏至の日のエピソードはニギハヤヒに捧ぐ」にアップさせていただいたとおりです。この記事とも関連があります。
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物部守屋公墳墓(筆者撮影)

すべてわたしの意図を超えた記録です。このような記事を書いているのになぜか自分のことではないような感覚です。なぜわたしはこの体験をさせられたのだろう、という答えが分かる前に次の体験があり、後から振り返ってみてはじめて「そういうことだったのですね」とわかるようです。その繰り返しで現在までまいりました。
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『ガイアの法則』より

夏至からG20のタイミングを機に、封じられてきた神々の御神力がますます強化されているように感じます。それは喜ばしいことではありますが、この神々に同調しておかなければ、新しい地球の協同創造に参加させてもらえずに振り落とされてしまうという厳しい現実があります。これは完全に周波数と同調するという「類は類を呼ぶ」法則なので、周波数が著しく異なってしまうとどんなにやさしい神様でも助けてもらえません。そのためになによりも自我意識を変換しておくことを常日頃実践しておくことが大事です。

続きをアップさせていただく前に、(1)~(15)の記事が未読の方は申し訳ございませんがそちらから先にお目通しいただきますようお願いいたします。

ではまた後ほど。今回も最後までお読みいただきありがとうございました。


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by new-jomon | 2019-07-05 00:44 | 日本の歴史を蘇らせる | Comments(2)

新時代に必要なしくみを開示し、次世代型のモノを生み出し広めていきます。


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